【鬼塚史観と皇室問題】@会津の娘 貞明皇后と紀子妃

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明治維新後、政府軍による会津征伐がありましたが、その陰惨さから今までの日本の戦争ではないような印象を受けますね。

白虎隊の悲劇にスポットがあたりがちですが、まるで、欧州のローマ劫略や、中国大陸で城塞都市が陥落した時に展開する、徹底した強◯、略奪、破壊行為、のような有様だったとか。

それまでの日本の戦争は、支配階級とその配下のプロの戦闘員同士の合戦が行われた後、敗者側が降伏し自殺するなりすれば、家臣も領民も助かるのがふつうでしたし、領民が被る損害も少なく、領地も荒れることはなかったはずです。

さらに、戦後の処理も寛大で、支配層や管理人が勝者に変わるにせよ、領民が戦争でくたびれているし民意を得るためもあり、3年ほどは無税にするのが普通でした。

しかるに、会津藩士や藩民に対する処置は、寛容さなどかけらもなく、野蛮な強盗が被害者からむしり取れるだけむしりとるのににた有様で、苛酷な土地に強制的に移住させたりして酷いものでした。

維新前後から、いつもの日本とは何か違うものになったように感じます。

 

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紀子妃 会津の娘

川島紀子様。

しつこく疑惑があるのが、紀子妃の片親の家系が被差別民ではないかという疑惑と根強い噂があります。

お父様の川嶋教授が経済であるにもかかわらず、部落の研究をしている(研究をされている方は、本人かあるいは配偶者が旧被差別民である場合が多いそうな)ことから、そうではないかという説もありました。

 

管理人は、こうした説を信じていませんでしたが、偽物とはいえ長女の縁談の相手(在日、母は韓国人、父方は”おんぼ=墓地の管理”をしていた被差別民である可能性が高く、父と祖父は保険金殺人で母に殺された疑惑があり、本人は学歴職歴詐称、正体不明)をみていると、その可能性があるかもしれないと思うようになりましたね。なんだかんだで、ご縁談は同種で引き合い結ばれますから。

 

 

しかしながら、噂通り家系が旧被差別階級に繋がる部分があったからといって川島紀子さんの品位や評価が落ちるわけではありません。

 

少なくとも秋篠宮ご夫妻は3組いるようにみえますが、初代の紀子様は、美智子や雅子のパワーハラスメントに耐えながらも、笑顔で真摯にご公務をされていたことは国民は知っています。ご立派なことです。江戸時代の階級制度からは解放されている今、ご本人がご立派であるなら、被差別地域にルーツがあったとしても問題のないことだと思っています。

 

被差別階級の血を汲んでいるのではという疑惑のほかに、紀子妃は家系的にカトリックではないのかという噂もあります。あくまで噂です。

文仁親王にキャンパスで見初められて親王妃になった、という国民に信じられているシンデレラではなく、じつはカトリック系が用意した女性ではなかったかという疑惑もありました。

秋篠宮家は、おそらくは3組あり、今の秋篠宮家は311を境にまるごとすり替わっている可能性があります。

 

1斜視の宮様:学習院政治学科卒業

斜視の写真がおおくのこっているので本物かなと思うのですが、、。

 

2白髪の宮様:ナマズ研究?

垂れ目の悠仁さまの親御さん

 

3黒髪の宮様:家禽研究?紀子さんの身長が低い。タイ王室と特に親密。

釣り目の悠仁さまのご両親かもしくはレンタル家族

皇太子夫妻を差し置いてローマ教皇と会談していること、秋篠宮家の公務先が南米などカトリック国であることからみて、今の黒髪のヘタレ宮様が親王役をしている秋篠宮チームは、カトリックチームではないかと思う節もあります。

斜視の宮様う⇒白髪の宮様⇒黒髪の宮様チームとメインがすり替わりましたが、そのまえの白髪の宮様の時は、民主党議員に罵倒されたり、小和田恒が日本に帰国しているときは週刊誌がバッシングしたりしているところをみると、白髪の宮様は朝鮮チームではなく、カトリックチームだったのかなとおもうんですけどね。

まだ2人の内親王が小さいころから、複数の「文仁親王」「紀子様」「内親王」が確認できます。

不気味なことです。

 

 

会津閥

ご本人の淳良なご気質もあったとおもいますが、紀子妃は会津藩士の子孫であることもあり、そのご縁で紀子妃は会津藩主の子孫である秩父宮妃に可愛がられていました。

秩父宮妃が薨去されたとき、宮妃の死後は宮邸を秋篠宮家が使用するようにと遺言されました。そのため、平屋の職員住宅を宮邸としていた秋篠宮御一家が、やっと宮家に相応するお住まいに住むことができました。このとき、おそらくは宝飾品も秋篠宮妃へと遺贈したとおもいますが、美智子がティアラを、雅子がネックレスを、久子が指輪ががめたのは有名な話です。

 

※浮世風呂様より転載させていただいています。

http://blog.goo.ne.jp/yamanooyaji0220/e/f2519504838ba6e271d8740c69233313

在日大使ジョゼフの妻アリス・ペリー・グルーは、名前の示す通り「黒船ペリー」の末裔として日本・東京で育ち、教育を受けていた。

アリスの「幼馴染み」であり、華族女学院=学習院女子部時代から、常に、アリスと共に3人で行動し、アリスから世界経済・政治について「レクチャー」を受け、「侵略者ペリー」と、ロスチャイルド=モルガンの「情報操作教育=洗脳教育」を受けていたのが、クリスチャン・鍋島信子と九条節子であった。

九条節子は昭和天皇・裕仁の母であり、アリスの親友・鍋島信子の娘は秩父宮妃である。

転載以上

 

仮に貞明皇后がクエーカー教徒だとして、アリスがカトリックだったそうで、のこる秩父宮妃の母上だけクリスチャンではないとは考えにくいんですね。

北白川女官長や入江侍従長など、歴代の女官長、侍従は雅子の創価朝鮮閥が幅を利かせるまではクリスチャンでリレーしていたと聞いています。熱心に神道の祭祀を推進していた香淳皇后の信頼の厚かった女官を「魔女」と誹謗し解雇に追い込んだのも、このクリスチャングループでした。ちなみに、松平信子さんは、貞明皇后の御用掛を14年、東宮職参与を25年務めています。

アリスは工作員でしたが、工作員の家系だったといった方が正しいと思います。工作員の家系の吉田茂の妻は雪子といい、雪子はアリスに師事しました。吉田茂の妻の雪子は大久保利通の孫であり、父は牧野伯爵で宮内相を務めた人物です。バリバリのクリスチャンでした。牧野は、貞明皇后と姦通の疑いがもたれるほど頻繁に面会していることや、貞明が皇后という立場を超えて牧野の前で涙を流して泣いたり愚痴を吐いたりして感情をあらわにしていることから、鬼塚氏は三笠宮の実父がこの人ではないのかと推測されています。

似てないんですけどね(笑)。

 

管理人は、鬼塚氏の著書の内容を100%信じているわけではないのですが(特に美智子に関する記述)、氏の著作は膨大な資料と聞き込みや取材をもとに構築されているので、陰謀論扱いされていません。図書館大賞も受賞しています。

アリスに話を戻しますが、アリス・ペリーは、長じてグルー氏と結婚し、アリス・ペリー・グルーとなりました。

夫のグルーが駐日大使になるにしたがい大使夫人となり駐日大使夫人となり夫と日本に居住しますが、吉田茂が御前会議などの情報を漏らし続けた相手がアリスの夫でした。当然「仲良し」の貞明や秩父宮妃の母上からアリスへと情報は漏れていたでしょう。

 

鬼塚氏は、何度も著書の中で貞明皇后は会津出身のキリスト教がらみの縁で皇太子候補に引き上げられた会津に関係のある正体不明の女性だと書かれていました。

そして、公卿の九条家とは何のかかわりもない女性だと。実際、学習院の名簿に九条節子の名前がなく、実際に学習院に通ったのかは不明だそうです。

貞明皇后の出自は美智子なみに不明ということになります。

さらに、生活スタイルも、皇后は生涯において着物を嫌い、未亡人になったあとは黒いロングドレスを着つづけており、その実態からみてクエーカー教徒だった可能性が高いとのこと。

「大正天皇に子だねがなかったので、別の男性の種を使って皇位継承者を作る必要性もあり、皇后に男性をあてがい4人の親王を作った」と東久邇宮が証言しているそうです。

皇位継承者を製造するという義務以上に「日本の貴族の女性とちがい多くの男性と交わり」「男狂いだった」ことから、鬼塚氏は貞明皇后は中国人だった可能性があるのではと疑っています。

 

裏付けする資料がないものの出自にかかわる噂の一つとして、明治帝や志士たちが遊ぶ施設「千代田遊郭」に中国から贈られてきた少女「朱貞明」だったのではないのか、という噂もあるそうです。千代田遊郭には没落した旧支配階層の旗本の娘たちが仕える施設で、えりすぐりの美女が揃っており、西郷隆盛も大久保も、伊藤博文も、そして明治帝もここで遊んだそうです。基本的には金書記が所有しつつも、必要とあればゲストに歓楽を提供する北朝鮮の喜び組のような組織だったのかもしれません。

千代田遊郭とは無関係であったとしても、出自が不明なこの少女は、最初はお妃候補の一人としてあらわれ、そして、ほかのお妃候補はどの姫も健康に難がなかったのにもかかわらず「健康上の理由」など難癖をつけられては退けられ、最後にのこったのが九条節子となり皇太子妃に内定しました。美智子やまさこが皇太子妃となった経緯と驚くほど似ています。

九条節子は、いったん皇太子妃候補のなかにあげられたものの、「皇族でないうえに不器量」という理由で反対もあり、皇太子妃には宮家の姫が内定しました。

が、その後、根気強く大山巌と伊藤博文を説得したのが大山捨松だそうです。

 

大山捨松

旧姓山川。会津藩家老の末娘、咲子。

10年間の米国留学を命じられた。そのとき、母は捨松と改名させた。

渡米後、キリスト教徒になって帰国。大山巌と結婚。鹿鳴館で活躍。影響力のある高官夫人として活動する。

この人物が、夫の大山を動かして内定していた宮家の禎子女王の内定をつぶし、夫や伊藤博文に働きかけ九条節子をねじ込んだと推測しています。

 

山川健次郎

大山捨松の兄。帝大総長。最後の会津藩主の六男である松平恒雄と、最後の鍋島藩主の娘の松平信子との間に生まれた松平勢津子を、秩父宮妃の妻にするため働きかけ成功した。

 

会津閥も頑張ってたわけです。気になるのは、主だった会津閥がクリスチャンだったのか、なんですね。

そういう意味で、川島紀子様も、もしかして、と思うこともあります。あくまで想像です。

 

 

貞明皇后が中国人説

疑惑の一つが、貞明皇后が中国人ではなかったのかという疑惑ですが、そうかもしれないと思わせるエピソードがあります。

日本は大陸を開拓して投資し、満州国を世界一の工業地帯にしました。この満州国の皇帝として、清王朝の末である愛新覚羅溥儀をたてました。そして、満州の実権は日本が握りました。

満州皇帝溥儀の立場を、傀儡にされた皇帝とするか立憲君主とするかは微妙ですが、溥儀は不満をいだいてたようです。

愛新覚羅溥儀が日本に来たとき日本の皇族が歓待しました。このとき、貞明は息子と年齢の近い溥儀を、わが子のようにかわいがったそうです。秩父宮などの実子が、「おたあさまは、われわれより溥儀さんのほうが気があうようですから」と皮肉られるくらいでした。

溥儀には英国人の家庭教師がついていましたし、貞明皇后も英語が話せたと思います。たぶん。

しかし、貞明皇后が溥儀に自分は中国人であることを告げ、中国語を流ちょうに話すことができたゆえに、貞明と溥儀の2人の関係が母子のように親密になったのかもしれないと想像できます。あくまで想像です。

溥儀は日本が降伏したあと日本への亡命を希望し、弟の妻であった嵯峨侯爵家の令嬢の浩(ひろ)にも、「日本に亡命したい、皇太后に会いたい」と言っていたそうです。浩さんは、普段から溥儀が母のように貞明を非常に慕っていたことを著書のなかで触れています。溥儀は日本人が嫌いでした。が、貞明を100%信頼していました。それは、同じ中国語を話す中国人だったからではないでしょうか。

今の偽物の紀子さんに、中国語のアクセントがあることがコメント欄にて指摘されていました。また、話すときに、下唇を顎先に押し下げて話す癖があり、これは発音上、中国人、朝鮮人だとこうなりやすいそうです。徳仁親王のダブルたちや、蓮舫にもこの癖があります。いまの紀子さんは、中国人である可能性があると思います。

 

話を会津藩士の子孫であり、文仁親王とご成婚した川島紀子嬢に戻しますが、紀子嬢は川嶋教授の仕事の関係でご成婚までの年月の中で多くの時間を海外で過ごした帰国子女だったので、英語とドイツ語は堪能でしたが日本語が苦手だったとか。その紀子嬢に、はたして感性や感覚でうけとめる日本の精神風土や宗教観を理解できていたかは不明です。

 

 

常陸宮家と近衛家、赤い閨閥

コメント欄より

続けて、すみません。
華子妃殿下のご実家、津軽家及びその周辺の系図のサイトです。
(コピー禁止となってますので、
検索項目からのサイトです。)
http://episode.kingendaikeizu.net/17.htm

津軽家・肥後細川家・近衛家との関係が
非常に深いのがわかります。
明治維新では、近衛家の奔走で急遽官軍側に立ち、功臣となってます。

『東日流(つがる)外三郡誌』と言う
いわゆる偽書と言うものがあります。
津軽の有力者安東氏やその周辺の歴史、
そして津軽家による弾圧を綴る書物の様です。
学界的には結論が出ていますので、
多分偽書なのだと思います。
ただ、藩祖の津軽為信の出自は、ほぼ不明に近いです。
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E6%B4%A5%E8%BB%BD%E7%82%BA%E4%BF%A1
だからどうなんだ‥‥と言うのではありませんが、
思考・嗜好は育った環境や遺伝に沿いますので、近衛家・細川家と近いかもしれません。
維新後、恐山周辺に会津藩から強制移住させられた方達がいたと聞きました。
(1万人くらい?)
非常に環境厳しく、飢餓で倒れた方が多かった様です。
多分、津軽家出身の華子妃殿下としては、紀子妃殿下の出自はあまり歓迎するところでは無かったのでは無いかと思います。

以上

 

ながく秋篠宮家が孤立していた背景は、皇室内の派閥の強弱があったのかもしれませんね。クリスチャン・会津閥は押され気味だったのかもしれませんね。

なぜ、常陸宮家は秋篠宮家をかばう気配がないのかが不思議ですが、背景にしている派閥が違うのかもしれません。華子様はご立派な方でご尊敬申し上げていますが、近衛家、細川家には黒いというか、赤いイメージしかありません。

近衛さんとこの奥さんは、三笠宮崇仁親王の長女で常磐会会長ですが、学習院の赤化を止めようともせず、(偽物とはいえ)秋篠宮家内親王を守ろうともしませんでした。

過去の皇族妃の決定にいたる経緯や閨閥をみていると、紀子様が親王妃になったのは偶然といえるかどうか怪しいな、という印象をうけました。親王妃におさまる女性は、なんらかの勢力を背景にしないと潰されてしまい、ご縁組は成立しないのではないでしょうか。

「学習院のマドンナだった紀子様が、親王に見初められてキャンパスの恋が実り、親王妃になった純愛ものがたり」という、シンデレラストーリーとは違う面があるのかもしれません。

 

 

コメント欄より

以前から、
幾度かコメントに書こうと思っても、
何故か動作不良で文章を消してしまい
書けなかった事が有ります。

隠れキリシタンで有名な九州、N県のG島、そこに赴任されていた方から聞いた話です。
何かの話ついででしたが、
“あそこはねぇ‥‥、○人事件が○人事件にならない土地だから。”
昔話では無く、平成も最近の話です。

イエズス会の『血の宣誓』をご存知でしょうか。

(以下参照。↓↓)

 

 「私は機会ある限り密かに、あるいは公然と、指示されたとおりに、すべての異教徒やプロテスタント、自由主義者をこの地上から根絶させ撲滅するまで、徹底的に戦い続けることを誓い、宣言する。相手がどのような年齢や性別、健康状態でも決して容赦しない。忌まわしき異教徒をつるし上げ、疲弊させ、茹で上げ、皮をはぎ、首を絞め、生きたまま地に埋める。女の腹と子宮を裂き、子どもの頭を壁に打ちつけて砕き、呪うべき者たちを永久に根絶する。

   公然と行えないときは陰に隠れ、毒を持った杯を、短剣の刃を、絞殺のためのロープを、鉛の弾丸を使う。相手の地位や品格、権威にかかわりなく、彼らの状況がどのようなものであれ、公私にかかわらず実行する。私は常に教皇の、また聖なる修道会であるイエズス会の長の代理人の命じるままに動く。」 

 

(参照終わり。)

イエズス会ってこんなところ。。
http://app.f.m-cocolog.jp/t/typecast/1275318/1293328/79776312

太閤秀吉殿、権現家康公、、
禁教令はとても正しかったです。
有難うございました。

以上

 

ありがとうございました。

今の法皇さん、イエズス会のかただったと思うのですが、やはり上記の血の宣誓をしたのかしら。

 

最後はこうなる

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34 件のコメント

  • 溥儀の弟と、季王子の結婚相手を選んだのは誰なのでしょう。季方子さんは、最初は裕仁親王のお妃候補だったのに、どういう理由で、朝鮮王朝に嫁がせたのか?貞明皇后が気に入らなかったのでしょうか?また、もしも貞明皇后が中国人ならば、溥儀の弟のお妃に、宮家の娘を選びそうですが、嵯峨家は華族にすぎませんよね?

    • >溥儀の弟と、季王子の結婚相手を選んだのは誰なのでしょう。

      浩さんは、溥儀の弟の縁談に関しては軍部だとかかれてましたね。
      満州皇弟の妃に最初は皇女をと考えていたのですが、法律上の問題で不可能とわかり、華族の令嬢の見合い写真を山と積んで、日本に留学し、日本陸軍に籍を置いていた溥儀の弟さんに選ばせたそうです。

      季方子さんは、最初は裕仁親王のお妃候補だったのに、どういう理由で、朝鮮王朝に嫁がせたのか?貞明皇后が気に入らなかったのでしょうか?

      >方子さんの母上の伊都子妃は、大正天皇が憧憬した華族一の美女でした。
      大正天皇が自由に妃をえらべるなら伊都子妃が皇后になったと思います。
      ブサイクで卑賎の出身の皇后としては、伊都子妃の存在が面白くなかったと思いますね。あと、ほかには、皇后は、薩摩閥(良子女王の母は島津家)と連携したかったという説もあります。

      • 伊都子妃がどれくらい美人なのかしら?と調べてみて納得しました。さらに、伊都子妃のお母様も美人。が、お名前を見たら、鍋島栄子さんと知って、あら?鍋島家って「化け猫の?」と思いました。さらに調べてみたら、鍋島家は、龍造寺高房という人の家臣から佐賀藩主の座についた人だと分かりました。化け猫の話は、龍造寺高房の悲劇から尾ひれがついたようです。まあ、色々ありまして、龍造寺高房の息子の、龍造寺伯庵の子孫は会津藩士となったそうで。鍋島家の子孫が、伊都子妃から松平信子さん、秩父宮妃へつながり、最終的に勢津子さまと紀子さまが仲良くされたのだから、これはこれでいいですよね?準備されていた結婚じゃないと思いたい。高房の祟り、化け猫が・・・バカバカしい。

  • 1989年タイで、土色の川に胸までつかっておられる写真を見直してきました。あれはナマズ殿下で政治学科の殿下ではないように見えます。
    ナマズ殿下は紀子様と姫様2名を伴ってタイ訪問(学位授与)で、シリントン王女とも歓談されています。
    また、日本訪問時は家禽殿下訪問も。
    つまり、シリントーン王女は両方ともご存じ。
    両方とも「秋篠宮様」としてお会いになっておられる。

    掲示板で見ましたけど、ご成婚のお二人は、ご成婚してお子様ができて割とすぐに出てこられなくなった・・と書かれている方がいました。そんな感じですかね、やっぱり。こちらはシリントーン王女はご存じないのか?

    ナマズペアの紀子様にはご成婚紀子様の「憂い」がないように感じます。明るい。

    現在のペアは、チリ訪問、かなり疲弊しておられる感じですね。
    このあと、また変わるのかしら?
    家禽殿下は、けっこう頻繁に参内されたり、静養合流の方ですよね。だとすると、やはりミッチーズの誰かが実母とか。
    最初の秋篠宮様が「消えた」のは、今上のお子ではないから、かも知れません。
    ではナマズ殿下はだれのお子?というと、これまた難しい。
    そして、どこに行かれたのか?も。。。

    • >1989年タイで、土色の川に胸までつかっておられる写真を見直してきました。あれはナマズ殿下で政治学科の殿下ではないように見えます。

      >つまり、シリントーン王女は両方ともご存じ。
      両方とも「秋篠宮様」としてお会いになっておられる。

      タイの先代の名君だった王様は、死後10年くらいの期間、王様役をダブルが勤めてましたね。
      ザウルス氏が検証されていますが、こうした秘密は共有し協力し合っているのかもしれません。
      王女を地方の外遊などに伴っていたのは帝王教育を授けるためという方もいましたが、王女は監視役だったんですね。
      探せばほかにも出てきそうです。

  • 日本を徹底的に潰したい輩がある、事がはっきりと浮き上がりました。 まさか、まさか、驚きの連続です。ネット時代です。目覚める日本人が多くなるのは確かです。感謝致します。

  • すみません、何度も。
    例の和船乗船は、どちらと思って「あきしの保管庫」を見直してきました。
    ナマズ殿下とたれ目の悠仁様ですね。
    こちらは、陛下のごひいきですか?
    陛下の「力」が落ちての交替?

    眞子様留学中の黒髪殿下(集合写真)に、佳子様が妙に離れて映っているものを見つけました。(11月26日?)
    黒髪ペアと悠仁様3人はべったり家族ですけど、妙に一人レンタル系で。
    後、改めてざっと写真見て感じたことは、眞子様、佳子様のお顔がかなりあれこれ変わっている感じ。
    やはり、現在の黒髪殿下には、お姫様は生まれていない気がしてきました。つり目悠仁さま一人っ子では?ないでしょうか。

    • >やはり、現在の黒髪殿下には、お姫様は生まれていない気がしてきました。つり目悠仁さま一人っ子では?ないでしょうか。

      私もそんなきがします。
      あるいは釣り目悠仁さまは、レンタル家族かもしれません。
      垂れ目悠仁さまは、白髪の宮さまの内親王の御子だと思いますが、早くに消えた初代の秋篠宮夫妻の長女さんの行方がわからないのが心配ですね。

      • 返信をありがとうございます。
        >垂れ目悠仁さまは、白髪の宮さまの内親王の御子だと思いますが
         ↑
        眞子様の、ということでしょうか?
        *******************
        ちょこっと時間があったので、斜視気味殿下のご成婚からの写真をあちこち見ていました。
        平成6年 替わった気がします。
        初代秋篠宮ご夫妻のオーラというのか、空気感というか、お変わりになりました。
        平成2年ご成婚のお二人は、繊細というか傷つきやすいというか・・明るい空気感ではなかった。しかし、平成6年のお二人は、明るいんです。例の悠仁様を抱いてカメラの方にホントに嬉しそうな笑顔、あのオーラがあるというか。
        この前後を追うと
        *平成3年にはナルさんの立太子、平成5年はコータイシとマサコのご婚姻。
        *タイ関連で追うと
         1991 10月眞子様誕生
        1992 9月13日から28日 魚類研究
        11月5日より11月24日 スリランカ、パキスタン、インドとの国交樹立40周年    
        タイ、シリキット王妃の還暦式典紀子妃同行 
        1994 8月4日から14日 インドネシア 鳥類調査研究
        12月 佳子様誕生

        この年のマサコが入った集合写真は既に交替している感じですね。
        *シリントーン王女様は、つまり3人の秋篠宮様全てご存じなんですよね、つまり。
         1992年は、ご成婚さんがさすがに行かれていると思います。
         随行で、白髪さんとか黒髪さんもいかれているかも、ですが。

        ・・・・・・・・・・
        あと気がついたこといくつか(妄想かなり炸裂しています)
        ●斜視気味殿下は、写真を沢山見て感じたことは昭和帝のお若い頃と、かなり似ているというか、放っている空気感も似ておられる気がします。
        ●あの雪中公務は、ご成婚のお二人でしたね。がんばられました。
        ●例のコータイシの「人格否定発言」は、もしかしてマサコのダブルをつくると言うことでもめたんじゃないかと。(笑・ものすごい妄想です)そのあとに、例のマサコ「病気療養」が発表されましたし。
        そして、これに批難めいたこと言われたのは白髪殿下ですね。この方もがんばられたんですね。
        ●私どもが、眞子様・佳子様と認識しているのは、白髪さんと垂れ目悠仁様を抱いて満面笑みだった紀子様の間に誕生したらしい、多分。
        ご成婚紀子様が眞子様を抱いて退院されるお写真を見て、あの笑顔にいくらなんでもならんわ、と思いました。
        若いときに明らかに、ご成婚斜視気味殿下と違う「若者」が殿下として出てきますよね。あの方のまとう空気感、明るいんです。あの方が、白髪殿下になられたと思います、これも多分。それと、「若者」殿下と口元がよく似ているミッチーズがいますよ。
         だから、彼は(白髪殿下)は明仁天皇・・今上さんの血をひいているのではないか、と思います。
        ●今の殿下は、紀子様とつり目悠仁さま3人で撮影している写真が何か「濃い」感じです。
        多分、ホントの親子ではないでしょうか。この殿下は、ミッチーズの誰かとの繋がりで今上との繋がりはない?のでしょう。で、今上さん(影ではない人。生きておられると仮定して)はもうかなりな認知症状態で、影響がなくなったので、9月6日に手打ち式?
         あっと、気がついたのは例の部屋で連載中の小説めいた読み物って、この方向に導くためのプロパガンダですね。相当前に、コータイシは見放されていたというか、保険として黒髪殿下即位の方向がつくられていたのですね。ただ、積極的なのは「紀子様」かな。まさに天皇の生母への野心。工作員心得とは別に、個人的な野心は満々と見ました。
        ただ、この方も「公務」はがんばって、それこそ「こなして」おられます。
         歯は、たまーに無防備に下が出ている者を見るとやっぱり、という感じできれいではないです。だから、余り口を開けておられない、用心ですね。
         ご成婚紀子様も白髪殿下の紀子様の歯は上下おきれい。掲示板で、歯をむき出している嵐めいた画像が上がるのは、誤誘導かも知れません。
        ●気になっているのは、2010年(平成22)8月末に石尊山に今上と秋篠宮様と紀子様と垂れ目悠仁様、あと眞子さまでしたか、登っておられる。夏にこの山を谷川岳から眺めることがありまして、ふっとそうだと思い出しました。幼児が登ったの?と不審を感じました。
        この時なんかあった?ミテコ様は行っていません。で、この年の悠仁様の誕生祝いの挨拶を、ミテコ様は失礼した。何かあった気がします・・・。
        まさか、事故ではかなくなられたとは思えませんし(思いたくない)、今上さん、自分が動けるうちに隠したのか?逃がしたのか?確か、この年の誕生日会見にこの山登りについて言及なさっているんです。降りてくるときが大変だったって。ちゃんと帰ってきたんだよってアピールとも思える。
        和船はこの前年の夏。心臓オペは2012年ですよね。ご自分の体調の悪さや先のことを考えられた、とか。
        こう書くと、2011年3月11日のことが気になります。この未曾有の災害は、この変事と関係しているのか。ということで白髪さんは、少なくとも今上のお血筋か?と思います。
         しかし、白髪さんが例の印璽の関係者でない。やはりご成婚の殿下ではないかともいます。どこにおられるのか。お子様も、お生まれになった眞子様、多分佳子様もお生まれになっている(写真ではお腹におられる)けれど、こちら(初代さんご夫妻)に悠仁様が誕生しているのかどうかは不明ですね。

        妄想沢山でした。
        失礼しました。

        • >垂れ目悠仁さまは、白髪の宮さまの内親王の御子だと思いますが

          訂正します。
          ×白髪の宮さまの内親王の御子だと思いますが
          ◯白髪の宮さまの御子だと思いますが

          おそらくは、斜視の宮様が本物かなと思いますが、、、、
          同時期に、斜視の宮様とは別に、背があまり高くない、顔や体形がずんぐりしている宮さまがいますね。
          その長女(あるいは長女役?)が、今のトミーズ睦みたいな顔をしているふうにみえます。
          探せばほかにもでてくるかもしれません。

          皇族とは、明治維新後からは派遣社員であり、かつ屋号なんですね。

          • 夜分に失礼します。
            訂正了解です。
            ありがとうございました。

            私は白髪殿下と黒髪さんのご家族は、レンタルは、できうる限り避けている気がします。
            秘密が漏れやすいし、子どもの演技力と言っても限界があります。それと、本者感を出すには、やはり家族として本者でないと。

            白髪殿下はまずは皆さん実子。
            あるとすれば、同じ頃に生まれたお子さんをもらい子されて実子として育てたのかな。
            この場合は、日本人じゃない可能性は多いにあります。
            黒髪さんの場合は、姫2名はまずはレンタル。多分、前半のできのいいお嬢様がたは一緒に住んでおられたのでは?「家族」のにおいがしていましたし。ご家族集合写真とかだまされましたわ。
            姫様方のもう一つの可能性として、白髪殿下と紀子様、垂れ目悠仁様は不明となったが、姫様達は、自分たちの役目を知らされていたので、残留された。だから、眞子様は実際に留学されている。
            しかし、なぜだか、できのいい姫お二人が引き上げた。昨秋かな・・・新邸の計画や事故続きはこのあたりと関係しているのか(本店の都合か、勢力争いか←これかな・・)
            で、できの悪い通いレンタルとなった。それで、バレまくりで現在進行中。
            アイコさんも必要なときの通いだと思うし、バレています。
            極端な話、ご成婚殿下のお子様方と殿下と紀子様も含めてもはやお見かけしても、国民にはわからないかも知れません。
            あら似てる・・・くらいは思っても。
            どこか少し、整形でいじっておられたら、わからないでしょう、完全に。
            ただ、ご生存であっても日本ではない気がするのでそうそう、すれ違うこともないでしょうけど。

            そうそう、あちこち見ていたら、直球感想文というブログを拝見して、貞明皇后さん、和装と洋装、較べてじっくり拝見。2名おられる感じですね。
            肩幅と目の感じが、十二単の方(九条節子さま)と洋装の方、違う感じです。

            運動会日和で、よろしかったですね。

          • >そうそう、あちこち見ていたら、直球感想文というブログを拝見して、貞明皇后さん、和装と洋装、較べてじっくり拝見。2名おられる感じですね。
            肩幅と目の感じが、十二単の方(九条節子さま)と洋装の方、違う感じです。

            ダブルも歴史が長そうですね。
            大室某もふくすういたかもしれないことを考慮にした方がよさそうです。
            検証は不可能ですが、、・

            異様な国になってしまいました。

  • たいへん興味深く読ませて頂きました。
    早速、鬼塚英昭氏の本を購入しました。
    もし、鬼塚氏の説が正しいとするのなら、田布施出身の安部総理は、最初から眞子さまと小室圭の婚約を破棄する気など無かったんじゃないか?と不安になりました。
    私達に正統な皇室を取り戻す方法は残されているのでしょうか。

    • >私達に正統な皇室を取り戻す方法は残されているのでしょうか。

      人間が誠をもってうごかないと、神威もはたらかないので、各自できることをして決裁を待つしかないかなと思います。
      解決法としては、北朝のなかでまともな旧宮家・皇族を復帰させることだとおもうのですが、時間がかかるかもしれませんね。

  • Hiromiさま
    日々の更新、いつも楽しみにしております。

    さて、初代の紀子さまがキリスト教徒であったかもしれない疑惑についてですが、
    ふと気になることがあったので、コメントさせてさせていただきますね。

    紀子さまと弟さんの、お名前が、非常にカトリック信者的だなと感じたもので。
    キリスト生誕を意味する紀元の「紀」の文字を、しかも「キ」の読みで紀子とされたこと
    また弟さんの舟さんの名は、ノアの方舟を連想させます。

    キリスト教に関して、個人的偏見はないですし、
    自分自身もキリストさまを敬う心があるのですが、
    宗教に関してのカルマは根深いものがあり、
    また異様な企みを孕んでいそうであることには恐怖を禁じ得ません。

    hiromiさまは、お元気でいらっしゃいますでしょうか?
    冷え込む季節となりましたので、どうぞ、お身体を大切にされてください。
    PS私はホメオパシー愛好家で、風邪のひき始めにはアコナイトを摂っています

    • お気遣いいただきありがとうございます。
      ホメオパシー、いいですよね。
      チャールズ皇太子までの世代の英国王家の方が健康で長生きなのは、ホメオパシーを使っているかららしいですね。

      妃の名前も興味深いですね。
      百合子妃の実家はキリスト教だったと思われますが、マリアにちなんだものだとすれば腑に落ちます。

  • 本日、10月7日、BS2で
    『大越健介 激動の世界をゆく
      ~カザフスタン』
    を見てましたら、
    初代・2代目の紀子妃殿下のお顔は
    カザフスタン人(特に遊牧民)と近いのか、
    よく似たお顔だちの方が何人か。。

    カザフスタンは、旧ソ連時代、
    日本人シベリア抑留者施設のひとつが有りました。
    そう言えば、シベリア抑留された皇族の方がいらしたですね。

    • >そう言えば、シベリア抑留された皇族の方がいらしたですね。

      たしか、近衛さんでしたね。
      秋篠宮家の内親王の御小さいころから、複数の宮夫妻や内親王がみられることから、皇族や妃や子供たちにダブルがいるという異常事態が家風のようになっていたようにみえます。
      明治以降の皇室も宮内庁も外資商社の支店であり、皇族は本社・本国から派遣されているコンパニオンなんですね。
      そうおもうと腑に落ちる部分が多いです。

  • 続けてすみません。
    東京のスカイツリー、何故“○○タワー”
    ではなく “ツリー” なのか?
    名称の由来は、登録商標や他言語のタブーな言葉と発音が重ならないものを選んだから‥‥‥とありますが。
    これは計画段階で「生命の樹」だった様です。
    http://blog.goo.ne.jp/efraym/e/d646edb9f54e503db082315fe9b63e33
    (参照↓)
    『スカイツリーの名前は、デザインのイメージが高野槙(秋篠宮長男、悠仁親王の印)にあったからとされますが、そんな嘘に騙されてはいけない。スカイツリーとは、カッバーラでよく使われる、天上から下に伸びる生命の樹から命名されたものなのです。
    2006年 9月6日 悠仁親王誕生
    2006年11月24日 デザイン公表→高野槙(悠仁親王印)をイメージとデザイナ
    ー発表』

    多分、全て準備されている事象なのかもしれません。

    • >多分、全て準備されている事象なのかもしれません。

      そうかもしれませんね。
      我々国民は、ただ、脚本通りに流れている作業をみているだけなのかもしれません。

  • でれでれ草さま こんにちは。

    さっき市立図書館で、鬼塚英昭氏の本を借りて来ました。
    (「天皇のロザリオ」上・下)
    某書店には著書の在庫がゼロで、図書館に行ったのですがこちらも蔵書が少なかったです。
    しかも、閉架扱い。
    資料請求書を書き、書庫から出してきて貰いました。禁書扱いでしょうか(笑)
    借り手がマークされるとか?(…笑うとこじゃないか。)

    同時に借りてきた同氏の本は「田中角栄こそが対中売国者である」というタイトルです。
    「偽紀子さま中国製疑惑」もあり、こちらも興味深いです。

    • こんにちは。

      >某書店には著書の在庫がゼロで、図書館に行ったのですがこちらも蔵書が少なかったです。
      しかも、閉架扱い。
      資料請求書を書き、書庫から出してきて貰いました。禁書扱いでしょうか(笑)

      廃板になる可能性が高そうなので今のうちにできるだけ購入するようにしています。
      これだけ書いていたのに、粛清されたかったのが不思議ですが、
      美智子や雅子など、戦後の皇室問題の根幹に触れていなかったからかもしれません。

      • お返事ありがとうございます。

        以前、老舗書店の店員さんに「新しい本でも、気になったら即買いして下さい。」と言われました。
        まして「根幹に関わるヒント満載の本」では絶版確定かも。

        鬼塚氏の「角栄本」を読み始めましたが、基礎知識がないのでちょっと難しい。
        そこで一緒に借りた早坂茂三「怨念の系譜〜河井継之助・山本五十六・田中角栄」から手を付けました。
        ご承知の通り、
        河井は戊辰戦争、五十六は太平洋戦争、角栄はアメリカと中国に関係があります。
        読みながら「歴史は勝者が作る」事を実感しています。

        >これだけ書いていたのに、粛清されなかったのが不思議ですが…
        いやいや、それはちょっと困りますので。御身お大切に。

  • 紀子様が用意された女性だったという事実。
    悠仁様が初代両殿下の御子ではないかもしれないという事実。
    以前ならあまりにもショックで認めなかったかもしれませんが、
    偽魔子の婚約会見で強制的に目を覚まされた今、直視することも容易いです。
    もう日本をキリスト教的な搾取国家にするわけにはいきません。
    さらなる事実も受けいれる準備が出来ています。次の記事も心待ちにしております。

    • >紀子様が用意された女性だったという事実。

      可能性が高いということで確証にはいたってませんけどね。
      他の親王妃をみるに、紀子様だけが特別とも思えないんですね。
      初代のかたと、美智子に挑んで悠仁さまをご出産された方は、ご立派なお妃だったと思います。
      すり替えられたのが残念です。

  • でれでれ草様、微感餅様、
    横から失礼致します。
    以前、今上陛下の二つの手術の件でコメント致しましたが、
    再度貼っておきます。
    ①下記は平成15年1月の前立腺手術に関する宮内庁ホームページです。
    http://www.kunaicho.go.jp/activity/gonittei/01/h15/gonyuin-h15.html
    この時の手術に関わった方が知人におります。
    術者は、玉体への不測の事態を避ける為、SPから銃口を向けられていたそうです。(本人談です。)

    ②平成24年2月には、心臓・冠動脈バイパス手術を受けられてます。
    再度貼付けようと検索しても出て来なくなってました。
    「さては削除されたか?!」と焦りましたが、検索を重ねてやっと見つけました。
    記術の削除はされてませんでしたが、
    こちらは文章を貼っておきます。
    宮内庁HPの、平成24年の公表事項より
    【天皇陛下のご手術について】
    『天皇陛下の冠動脈バイパス手術は,本日11時01分に執刀開始し,3時間56分後の14時57分に終了いたしました。すでに発表しましたように,手術は東京大学医学部附属病院心臓外科と,順天堂大学附属病院心臓血管外科の合同チームで行われました。
    術者は3名で,東大チームは小野稔教授,順天堂チームは天野篤教授と稲葉博隆准教授です。手術は予定通りに順調に進み,終了いたしました。すなわち,狭窄が認められた二本の冠動脈(左回旋枝と前下行枝)のそれぞれに左右の内胸動脈を吻合してバイパスを形成することができました。術中の出血もほとんどなく,また術後の麻酔からのお目覚めも順調で,ほぼ予定通り15時55分に手術室からICUにお移りになりました。17時過ぎには,皇后様が,やはりご手術の少し前より付き添われた黒田清子様とともにご面会になり,短時間ではありましたがご一緒の時を過ごされました。
    平成24年2月18日:皇室医務主管』

    手術の重要度的には軽いのかしら??
    前立腺手術に比べて発表内容が薄く感じられます。
    それと、この件を検索しますと、
    東大の教授は、名前だけで、ほぼ手術には関わって無いとの事です。
    順天堂大学の天野教授は、異色の経歴で、当時マスコミで大々的に取り上げられてました。
    まぁ‥‥、2人居れば執刀医と麻酔医で
    手術は可能でしょうが、
    それでは地方の病院レベルです。
    少なくとも、東大チーム2人、順天堂大学チーム2人プラス麻酔医の5人体制くらいは必要です。
    手術を受けられるのは今上陛下です。
    執刀医が手術中に体調不良や脳梗塞を起こす可能性はゼロではありません。
    医学界では、東大の小野教授は東大の名誉を守る為のほぼほぼ名義参加のみである事はご存じの様です。
    また、この時の執刀医の天野教授は、
    陛下の手術後マスコミに持ち上げられ過ぎて、手術をしたくないとボヤいたり、後日政界進出を検討する等、
    “神の手”にしては、行動が少し不審です。
    私は、心臓・冠動脈バイパス手術は
    行われたのか怪しいと思っております。
    どなたかの胸を開けて閉じただけでは?

    退院後は前立腺と心臓バイパスの手術跡だけ(もしかしたら顔も整形?)を付けられた別人に変わられたのでは‥‥
    と想像しております。
    選択した手術方法も、結構疑問視されていて、これは、検索するとすぐ出て来ます。
    ただ、
    あくまで、私が知見した範囲での妄想である‥‥事はお断りしておきます。

    最後に『AVの帝王 村西とおる』ブログ
    2016.6.7記事よりコピペです。↓↓
    (下記は記事の一部。)
    『そうしたこともあって先週のFRIDAYに掲載された天才外科医のスキャンダルには目を奪われました。
    「天皇の執刀医」としても知られる順天堂大学医学部院長・天野篤さまと暴力団幹部との間での「癒着」の話でございます。
    それは単に「癒着」というシンプルなものではありません。
    四代目山健組で若頭を務めた山本國春(66)は殺人に絡む罪で懲役20年の刑が確定していながら、この天才外科医の「診断書」のおかげで刑の執行を免れ、シャバでのうのうと暮らしている、というのでございます。
    2007年5月、JR三ノ宮駅(神戸市)近くを歩いていた四代目山健組系多三郎一家の後藤一男総長が男と口論になり、めった刺しにされて殺されるという事件が発生しました。
    健國会組員ら13人が殺人容疑で逮捕されました。
    動機は執行部批判を繰り返していた後藤総長の粛清でした。
    その指示を出したとして組織犯罪処罰法違反(組織的殺人)容疑で逮捕されたのが山本元若頭でした。
    一審では無罪を勝ち取りましたが、14年1月の控訴審で大阪高裁は一審判決を破棄、懲役20年の有罪判決が下っています。
    山本元若頭は上告しましたが棄却され、15年6月、懲役20年が確定しました。
    しかし、あれから1年近く経過しているというのに、どうして山本元若頭は塀の中ではなく、シャバで我が世の春を謳歌することができているのでしょうか。
    順天堂病院天野院長の「収監は好ましくない」の診断書のおかげでございます。』(ここまで。)

    多分、、、陛下の手術も、どこかの要望による下請けだと思います。

  • 長くなりましたので分けました。
    前コメントの、
    村西とおる氏のブログ記事です。

    http://muranishi.sakura.ne.jp/wp/2016/06/07/%E3%80%8C%E5%A4%A9%E7%9A%87%E3%81%AE%E5%9F%B7%E5%88%80%E5%8C%BB%E3%81%AE%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%A3%E3%83%B3%E3%83%80%E3%83%AB%E3%81%A8%E5%A6%BB%E3%81%8C%E5%A4%AB%E3%81%AB%E3%82%B7/

    また、心臓バイパス手術の件、
    最近主流のステント手術では、躰の負担少なく入院は2~3日。
    バイパス手術では、躰の負担大きく、
    入院は2週間必要なのだそうです。

    http://blog.goo.ne.jp/secondopinion/e/abf5ae5f4e16c2e19bad2fbb993e2dfb

    • 三笠の髭の殿下といい、昭和天皇といい、治療方法が謎ですね。
      わざと苦痛を与えるようにしているふうに見えます。
      闇が深そうです。

    • 小室も創価の匂いがしますね。
      池田大作の死去を公表する日がくれば少しはかわるかな、と期待していますが、、。

  • アラモード様
    ありがとうございます。
    私は以下の流れが、ホントに?とあの頃から思っていました。
    だって、はやすぎでしょ、がシロートの素朴な感想。
    前立腺の件もあるし、健康体ではない80歳台。
    1月足らずで式典に出られる?
    それこそ、不測の事態を考えれば、代読でも可能だったと思うのです。
    オペのことは知られているので国民は納得するだろうし。
    しかし「ご本人様」がなさった。
    つまり、できる程度のことしかしていなかったと言うことも十分にあり。
    怪しい日程です。
    平成24年2月18日(土)
    天皇陛下 ご手術(東京大学医学部附属病院(文京区))
    平成24年3月4日(日)
    天皇陛下 ご退院(東京大学医学部附属病院(文京区))(陛下ご退院につき皇后陛下ご同行)
    平成24年3月11日(日)
    天皇皇后両陛下 ご臨席(東日本大震災一周年追悼式)(国立劇場(千代田区))

    やはり、S価絡み、天野先生もそっち絡みでお金絡みか。
    しかし、陛下も少なくとも2名おられるとはわかるのですが、どちらが本者なのか、それともどちらもニセなのか?
    それはわかりません。
    2010年の山登り陛下は多分和船陛下と同じお方。
    ビデオレターの方は似ていますが、でも同じかどうかは、やはりわかりません。
    火葬云々はやはり陛下もニセだから、ミテコ様共々ばれるのを恐れて、ですかね。
    しかし、今は火葬してもDNA鑑定できるんですよね。
    ・・・・
    未来派の話で思い出しましたけど、大昔読んだ五木寛之の小説に「闇の王国」?だったか「めんめしのぎ(自助努力)」で暮らし、有能な人材はみんなで支えて育てて各界にみたいなストーリーがあったような。
    あれはS価のことか。
    と今さら納得。
    あの頃は、それこそ弾圧された大本教のことかなと思って読んでました。

    • >火葬云々はやはり陛下もニセだから、ミテコ様共々ばれるのを恐れて、ですかね。
      しかし、今は火葬してもDNA鑑定できるんですよね。

      天皇も美智子も主だった皇族は複数いますからね。
      誰の骨をおさめるのでしょう。
      昭和天皇の手術も、三笠の髭の殿下も、苛酷な治療を受けられましたが必要だったのかどうかよくわかりません。
      合法的な拷問のようにみえます。
      大正天皇も、実は話せなくなるように毒を盛られていたのではとのせつもあります。
      漢詩をみると脳病や発達の遅れのあった方の読むものではないとか、、。
      代々、医療がらみの不審な亡くなり方が多いように見えます。
      今上さんも、もう本物はなくなっているという説もあり、、、不気味です。

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