※人気ブログランキングに参加しています

チャイナスクール(前)

Sponsored Link

拙ブログへお越しいただきありがとうございます。

※私用のため県外にでますので、16日は更新がとまります。ご了承ください。

過去記事を大幅に加筆しています。

チャイナスクールとは

・ 外務省や政界における中国(あるいは北朝鮮)利権を握る派閥のこと。

・具体的には阿南惟茂、槙田邦彦、田中均などといった官僚が属する。

・また、政治家では、田中真紀子、加藤紘一など。

・ちなみに「スクール」というのは実際にそういう学校があったというわけではなく、単なる「派閥」を意味する。

・日本人なのに中国人の立場を代弁するような人間を指す蔑称。

wikiより抜粋

自民党・チャイナスクール

宗主国・中国様のために、朝貢を頑張ってるのヨ☆

故・加藤紘一

「加藤の乱」で自爆した方。それがなかったら、次期首相といわれてた人。

外務省時代は台湾・米国で中国語を研修語とし、香港副領事、アジア局中国課事務官を歴任。

外交問題における日米中正三角形論(日本は安全保障について米中双方と同程度のコミットメントを持つべき、との趣旨)を持論とする。

また、歴史認識問題についても中国に対して親和的な発言をしばしば行なっている。

 

二階俊博 パンダと交換したものは良心と日本

言わずと知れた、中国さまの下僕。

安倍政権下、中国へ何千人かまとめて訪中した、気合の入った方。

中国さんの靴をなめつづけたご褒美に、地元にパンダをもらったらしい。

自民党衆議院議。

地元の和歌山県田辺市の新庄総合公園に江沢民が自筆で書いた「登高望遠睦隣友好」と言う文字と、2000年の二階も参加した日中文化観光交流使節団に対して江が発表した重要講和を刻んだ日中国交正常化30周年記念碑の建立を計画し、全国にも同様の石碑を建立する心算であったが、地元の抵抗等もあって頓挫した。

また、二階の選挙区である白浜町にあるテーマパーク「アドベンチャーワールド」では、中国から贈られたジャイアントパンダの飼育、育成が行われている。

 

Sponsored Link



 

 

野中広務

粗大ごみ的オーラがすごい爺さん。

保守民から袋叩きにあっているのは、断じて、チンパンジーに似ているからではない。

 

河野洋平 慰安婦詐欺のプロデューサー

日韓共同で、慰安婦を捏造。

猟奇的な性的興奮と、正義感が満たせるということで世界中でブレイクしたのが、慰安婦ファンタジー。ファンタジーを事実として広めた戦犯といっていい御方。

つるされるべき御方。

 

父親の河野一郎のころから怪しいです。

オイルショックも妓生で乗り切った

菅沼

1973年ごろにオイルショックで、現有価格が高騰し供給不足になり世界経済は大混乱に陥りました。

韓国もとにかく石油を確保施にゃならんということでね。実はこのとき活躍したのも妓生で素。中東の産油国のプリンスたちをよんで接待するために、えりすぐり超トップクラスの妓生を40人ほどあつめたんです。私も韓国でKCIAに出入りしていたころ、お目にかかったことがあるけど、世の中にこんな美人がおるのか、というほどの美人たちでした。

では、この40人をどうやって集めたかというと、大統領がテレビを見ながら、女優や歌手を指さして「あれがいい」「これを連れてこい」。その姪をうけて、大統領警護室の人間—–つまり軍人で素、が言って、本人に「国家のためにご奉仕しなさい」と。

———これこそ、強制連行です。

菅沼

自分たちがやっているから、日本人も戦時中、もっとひどいことをやってるんだと思ってるんだ(笑)しかも、連れてきた美女たちは全部、大統領がしっかり味見しているという話(笑)

(略)

菅沼

李朝時代、さまざまな問題に対しても和やかに接待できる女性を作り上げるという、ひとつのシステムが出来上がっていたんです。(中略)これはこれで一つの文化なんだ。いい悪いは別にして。

対日外交の場合もそうでしょう。日韓交渉の時も、高級な接待をすることによって、円滑にことを運ぼうとした。むろん、彼らは自国の有利な方向にもっていくわけだけど。自民党の政治家も誰が世話になったかも知っている。

河野一郎なんてそう。大好きだったんだよ。あの人は、そばに誰がいても平気だったらしい。

————(笑)河野さん、急逝されたの、日韓基本条約終結(1965年6月22日)の二週間あと(7月8日)でしたね。思い残すことなかったでしょう(笑)。河野さんの息子があの河野談話の河野洋平さん。何かの因縁を感じます。

転載以上

『ヤクザと妓生が作った大韓民国』菅沼光弘(著)より抜粋

 

韓国の外交は昔から妓生に依存していましたが、しかし差別対象となっていました。

『ヤクザと妓生が作った大韓民国』菅沼光弘(著)のなかで、韓国の妓生を買いにくる日本人妓生ツアーの観光客を案内する添乗員の女性に「悔しくないんですか。自分の同朋の女性が買われるなんて」と質問したら、「あの人たちとは身分が違いますから、私には関係ありません」と答えたそうです。

妓生は、権力者に侍り、その関係から権力を持つことがあっても、奴婢として軽蔑され差別されていたようです。

 

近代化以後、日本国と朝鮮社会の最下層にいる妓生と引き換えにした方、多そうですね。河野親子がその代表団なんでしょう。

 

小渕優子 通称「ドリル小渕」

本来なら法廷に出されるはずの証拠となるパソコンをドリルで破壊して証拠隠滅を成し遂げた御方。

お父さんの小渕首相が「反米に認定され」「不審死」したので、チャイナに走ったのかもしれませんが、、、。

父を暗殺されながらも、事実上のアメリカの王女として生き延びている、キャロラインさんを範としてほしかったですね。

 

野田聖子

祖父は大蔵事務次官、参議院議員、衆議院議員、経済企画庁長官、建設大臣などを歴任した野田卯一、、、

としているが、野田氏とは血のつながりがない。本人は野田氏の息子の後妻の連れ子。

夫は前科2犯の暴力団員。

週刊文春2017年9月21日発売号(28日号)によると、文信氏はかつて、京都の指定暴力団「会津小鉄会」傘下の「昌山組」に幹事として所属していた。昌山組は、組長が2000年2月に殺害事件で実刑判決を受け、同年3月に解散。文信氏は事件以前に組を抜けていたが、99年と05年に逮捕歴があり、それぞれ刑罰を受けたという。

野田氏と結婚したのは11年。文信氏は「野田氏に対し、家庭内だけなく、政治的にも極めて大きな影響を与えている」との記述もある。

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170921-00000011-jct-soci

 

金子恵美

 

福田康夫 首相になっても立ち位置は中国工作員

2代にわたって首相を務め、2代にわたって他国に貢いだ国賊。

小泉、小和田とは、父福田の秘書仲間。保守民から袋叩きにあっているのは、断じて、チンパンジーに似ているからではない。

福田家の最大の大罪は、小和田雅子を皇太子の妻にしたこと。

「雅子ちゃんを、皇太子妃にするよ」

実現させるため、福田家とその一派は、皇太子妃に相応しい家柄を作るため、人格も家系にも問題の多かった父親の小和田恒をひたすら出世させつづけましたね。

万死に値する罪だと思うわ。

 

外務省のチャイナスクール(wikiより)

谷野作太郎

台湾で中国語研修、アジア局中国課長、アジア局長、第10代駐中国大使、東芝取締役、台湾留学時代に李登輝と親交を結び、2001年4月の病気治療来日の際には便宜をはかる。

親友である福田康夫官房長官(当時)を通じ、2001年に小泉純一郎首相が目指した終戦の日の靖国神社参拝の中止を進言したともされる。

 

浅井基文

台湾・米国(ハーバード大学)で中国語研修、アジア局中国課長、東京大学教授。

「毛沢東、周恩来が率いた中国革命の成功と社会主義・中国の新鮮なイメージ」があり親中国となったと語る。日米同盟を基本とした日本外交に批判的。

 

阿南惟茂

台湾・米国で中国語研修、アジア局中国課長、アジア局長、第11代駐中国大使。2002年の瀋陽総領事館北朝鮮人亡命者駆け込み事件に際しては、

「人道的に問題になって批判されても面倒に巻き込まれるよりはマシ」

として事件発生4時間前の定例会議で亡命者を追い返す指示をした。

wiki

2002年5月8日、金高哲一家など5人の亡命者は日本国総領事館に駆け込みを画策、失敗し中国人民武装警察部隊に取り押さえられた。

その際、総領事館の敷地内に無断で足を踏み入れていたこと、逮捕された亡命者が北朝鮮へと送還される可能性があったこと、日本国内の中華人民共和国大使館および駐中特命全権大使・阿南惟茂の事件への対応(事件発生直前、亡命者が大使館に入ってきた場合は追い返すよう指示を出していた[1])を巡り批判、問題が発生した。

「拉致被害者、北朝鮮脱出者の人権と救命のための市民連帯」などを始めとするNGOによって、事件の始終がビデオカメラで撮影された。

日本総領事館の敷地に入った中国武装警察官に対し、応対に出た副領事の宮下謙が、亡命者の取り押さえおよび敷地立ち入りへの抗議を行わず、武装警官の帽子を拾うなど友好的な態度に出た映像が、日本のテレビ局により報道され、日本と大韓民国における批判を呼んだ。

以上

 

2005年7月頃、小泉純一郎首相宛てに靖国神社への参拝の中止を要請する内容の具申書を公電にて打電した。

 

槙田邦彦

中国語研修、アジア局中国課長、アジア大洋州局長、駐シンガポール大使、駐エジプト大使

 

宮本雄二

中国語研修、アジア局中国課長、軍備管理・科学審議官、第12代駐中国大使。

公益財団法人日中友好会館副会長。

新華社の前外事局長の虞家復が国家機密漏洩罪で逮捕され、宮本雄二から大使就任後に現金約300万円を直接手渡されたとの証言をしたと報道された。

2012年の尖閣事件について朝日新聞紙上で

「中国側は、日本が仕組んでああいう事件を起こし、国内法を初適用することで実効支配を強めようとしている、と受け取ったのではないか」と発言した。

【ワシントン=古森義久】尖閣諸島に対する中国側の今後の動向について、米国議会調査局で長年、同問題について研究してきたラリー・ニクシュ氏(現戦略国際問題研究所上級研究員)は5日、産経新聞のインタビューに応じて、中国側が今後100人単位の「活動家」を尖閣に上陸させて立てこもり、日本側の実効支配に挑戦する見通しが強いとの見解を語った。

ニクシュ氏はまず中国の今後の出方について「軍事力での尖閣攻略という方法はまだその能力を有さないこともあって、ここ数年は実行に移すことはないだろうが、一つの選択肢として当然考え、そのための軍備強化を図ってはいるだろう」と述べた。

 

大嶋英一

中国語研修、香港領事、駐フィジー大使

 

隈丸優次

中国語研修(香港中文大学新亜書院・北京語言学院)、交流協会台北事務所総務部長、中国公使、上海総領事、香港総領事、駐カンボジア大使

 

佐渡島志郎

中国語研修、アジア局中国課長、香港領事、アジア大洋州局審議官、国際協力局長、駐タイ大使

 

下荒地修二

中国語研修、中国公使、駐パナマ大使、駐ベネズエラ大使

 

杉本信行

中国(北京語言学院・遼寧大学)・米国で中国語研修、中国公使、上海総領事、日本国際問題研究所主任研究員。

第一希望に英語、第二希望にフランス語、第三希望に中国語を選んだが、中国語研修とされ、文化大革命の最中でもありせめて香港でと希望を出したが北京に行かされた。のち、中国赴任中に肺癌となり帰国後死亡。

文化大革命 wiki

文化大革命(ぶんかだいかくめい)は、中華人民共和国で1966年[1]から1976年まで続き、1977年に終結宣言がなされた社会的騒乱である。

全称はプロレタリア文化大革命または無産階級文化大革命(簡体字: 无产阶级文化大革命, 繁体字: 無產階級文化大革命)、略称は文革(ぶんかく)。

名目は「封建的文化、資本主義文化を批判し、新しく社会主義文化を創生しよう」という政治・社会・思想・文化の改革運動だった。

しかし実際は、大躍進政策の失敗によって国家主席の地位を劉少奇党副主席に譲った毛沢東共産党主席が自身の復権を画策し、紅衛兵と呼ばれた青少年の政治集団を扇動して政敵を攻撃させ、失脚に追い込むための、中国共産党の権力闘争であった。

これにより1億人近くが何らかの損害を被り、国内の大混乱と経済の深刻な停滞をもたらした。

 

中国の支配下になると、まず天皇処刑、皇室廃止、そして文革のような粛正と破壊がおこるのでしょう。

チャイナスクールには同和系、朝鮮系が多いですが、日本の歴史を白紙にし、さらには社会も更地にしたいんでしょうかね。

 

樽井澄夫

台湾・中国で中国語研修、アジア局中国課長、アジア局審議官、中国公使、防衛参事官、沖縄大使、交流協会台北事務所長

 

沼田幹男

語学研修員(中国語)、香港領事、領事局長、駐ミャンマー大使、交流協会台北事務所長

 

野本佳夫

中国・米国で中国語研修、アジア局中国課長、中国公使、駐スロバキア大使

 

橋本逸男

中国語研修、アジア局中国課長補佐、中国公使、駐ブルネイ大使、東北大学教授、日本中国友好協会副会長

 

横井裕

中国語研修、アジア大洋州局中国課長、上海総領事、中国公使、外務報道官、駐トルコ大使

 

佐藤重和

中国語研修、アジア局中国課長、アジア大洋州局審議官、香港総領事、駐タイ特命全権大使

 

 

 チャイナスクール 田中角栄関係

田中真紀子

父・田中角栄が日中国交正常化を行なったことなどから、中国に対する思い入れが強いとされる。

 

小沢一郎「私は人民解放軍の野戦軍司令官として頑張っている」

同じく、師と仰ぐ田中角栄の影響。

2009年12月、国会会期中でありながら国会議員143名を含む民主党員626名を大挙引率して訪中した。

12月10日北京市内の人民大会堂で胡錦涛中国国家主席との会談において

小沢「私は人民解放軍の野戦軍司令官として頑張っている」

と発言したが、当時は小沢が支配する民主党政権下であり、問題視されなかった。

 

小沢代表のそばを〝国際秘書〟として7年間にわたって影のように付き添ってきた韓国人女性

※転載させていただいてます。

日本民主党代表・小沢一郎に付き添った“7年目の影”

http://blog.chosun.com/blog.log.view.screen?blogId=32467&logId=2453206&listType=2

 安倍総理の急な辞任で荒波に包まれた日本の政界で、このごろ一番上終値を打っている政治家を指折ろうとすると小沢一郎・民主党代表だ。
月に実施された参院選挙で圧勝した以後、次期総理の可能性も大きくなっている。

 そんな小沢代表のそばを〝国際秘書〟として7年間にわたって影のように付き添ってきた韓国人女性がいる。

ギム・スックヒョンシ(以下、金さん)だ。小沢代表に定期的に国際情勢をブリーフィングして、韓国と係わる事は金さんが引き受けて処理する。今年、東京大学で国際政治学博士の学位を取得するなど、知識と実務を兼備した〝万能秘書〟で通じる。

 「私は何も分からないです」と謙遜する35歳の独身女性だ。

金さんが日本と縁を持ったのは高校生時代からだった。
実のお兄さんが願書を持って来て、外国語高等学校への入学を支援するようになったが、専攻科目を日本語で書き出したのがきっかけになり、外国語大学日本語学科に進学。
教養科目の中で偶然に社会科学概論を持ち感銘を受けた。以来、東大大学院で政治外交学を専攻し、98年東京大学に渡って来た金さんは修士課程の時の2000年に小沢代表と出会う。

 当時、自由党代表だった小沢代表のほうから韓国大使館に〝韓国人女性秘書を採用したいから紹介してくれ〟と提案がきたこともあり、普段より金さんの能力を高く評価していた大使館側が紹介したものだ。

日本政界で韓国人留学生をインターンで起用する場合はたまにあったが、韓国人が正式国会議員秘書に採用されたことは初めてだった。

 「現場政治を直接目で見たい、という欲求があって支援をしたんです。 率直に授業も平行しながらしなければならないから小沢事務所に迷惑をかけないために熱心に最善を尽くしました。運が良かったようです」

金さんは小沢代表が毎年開催する中国青少年日本の招請行事、アメリカ・シカゴ内不遇学生たちに日本文化を伝える行事・業務などを担う。また、他の日本秘書たちがする選挙関連業務や後援会業務も同時に関与する。

 金さんはこのごろ転職を思案中だ。日本あるいは韓国の大学や研究所などに関心がある。

〝7年間も仕えた先生が総理も目前の一番重要な時期に迎えているのに、その時までずっといなければならないのではないか”との問いに意外な返事が帰って来た。

「私たちはそんなことないです。一度誓った永遠の秘書です。
思えば小沢代表は父みたいな存在ですよ。私が教壇に立ちたいと言うと小沢代表は“どの学校へ行きたいのか”と心配をしてくれます。

しかし、私はそんな影響力で学校へ行きたいとは思っておりません。

また、そのような社会でもありません。ただ、先生がどこへ行っても私を必要とする部分が生じれば、いつでも帰って来て助けるつもりです」

もう秘書ではなく、同じ家族のように信頼関係が構築されているという印象を受けた。

 金さんに “日本政治の現場にいて一番感じることは何か?”と問うた。

金さんは「小沢代表くらいの方なら日本の政治を代表する大物なのに、韓国政治家たちとのネットワークがほとんど構築されていなくて切ない」と言った。

一線で引退したキム・ジョンピルさんや朴泰俊さんらを除き、韓国政治家たちとの関係が断絶されているというのだ。両国の間には官僚ではない政治家たちが解いていかなければならないことが多いだろうに、韓国の政治家たちは“証明写真”を撮るかのように、一方的に自分の主張をした終わりという場合が大体だと指摘。

 金さんは「これから両国議員たちがお互いに親しくなってネットワークを構築することができることに役に立つ役目をしたい」と高らかに言った。

韓国名の秘書という名刺を渡す時、負担になることは言葉で表現できない。“私はそのまま平凡なソシムニョ”と繰り返す金さんだが、何だか彼女の“政治現場経歴”は長くなるようだという感じがした。

“結婚したいと思ったことはないか?”という質問には「全然ありません」と言った。今年の7月に韓国へ戻った際に合コンをしたが、「すべて冷たかったです。男たちに人気がないようです」とニコリと笑う彼女の言葉は嘘であるように思った。

(中央日報より転載)

 

小沢の著書の推薦文を書いたのが、親中派ロックフェラー4世でしたね。

アメリカの某秘密結社の日本におけるナンバー3と聞いてますが、本当でしょうか。

忙しそうですね。はやく楽になっていただきたいと思います。

続きます。

 

遊んでほしい犬

◆人気ブログランキングに参加しています


人気ブログランキング
Sponsored Link

お願い

コメント欄にいただいたコメントは、記事に転載させていただくこともありますので、ご了承ください。非公開、転載不可の場合はあらかじめ、その旨お伝えください。

※メールアドレス欄は無記入でもコメントができる設定になっております。

2 件のコメント

  • remmikkiです。いつもありがたく拝読しております。
    今自分のブログでもお詫びのメッセージを書いたところですが、2015年10月にいただいたメッセージに気づかず今日にいたっておりました。
    せっかくいただいたメッセージに返信もせず、申し訳ありませんでした。
    決して無視していたわけではございません。
    深く深くお詫び申し上げます。

    下記のメッセージを送信しようとしたのですが、送信できず、こちらのコメント欄に書かせていただいております。

    お恥ずかしいながらこのメッセージを今気づいて拝見したところです。
    長い間、返信もせず失礼いたしました。
    もちろんどうぞどうぞご自由に当ブログをお使いくださいませ。

    この間、皇室ブログが大変なことになっており、胸を痛めております。
    「でれでれ草」さまのブログにはいつも感心しながら拝見しております。荒らしのような誹謗中傷にも負けず頑張ってくださいませ。

    遅い返信大変大変失礼いたしました。
    これからもどうぞよろしくお願い申し上げます。

    remmikki

    • お久しぶりです。
      こちらも多忙だったので、忘れておりました。
      お気になさらないでください。
      今後もご活躍をお祈りしております。

  • コメントを残す

    メールアドレスが公開されることはありません。