※人気ブログランキングに参加しています

【つれづれ】2017年10月15日 選挙とか鬼塚史観とか

Sponsored Link

本日もお越しいただきありがとうございます。

選挙運動期間がたけなわです。

小学校などの投票所になる施設の前などには、候補者のポスターを張ったパネルが設置されますが、管理人が子供の頃は選挙のポスターの候補者たちの尊厳は数日保てませんでした。

ほぼ数日間で、候補者の方々のポスターは、学童たちの落書きの餌食になり、目や鼻の穴には画鋲がさされてテラテラ光り、顔には「バカ」とか愚弄する単語が書かれ、タコの怒り筋や、シワ、髭などが加工されて、数日たつと、誰がだれか何が何だかわからない状態になりました。なつかしい昭和の風景です。

それをみながら、管理人は、絶対に政治家にだけはなりたくないと思っていました。今も別の理由で、そう思っています。

昔、地元の立候補者を応援するために駅前に小泉が来たことを思い出します。凄い数の人が小泉を見るために駅前に集まりました。

毎年、市役所の前にあるグランドで市主催のフィスティバルを開催するのですが、それ以上の人だかりでした。

このおそらくは二重国籍であろう売国奴を罵倒する人間はおらず、市民は、テレビで見る人間を珍しがっていました。情けない話です。

友人の市には、安倍ちゃんがきたそうです。

安倍ちゃんは、選挙カーの上で一通り応援演説をしたあと、友人めがけてやってきて握手をしてくれたそうです。

ちなみに友人は元モデル。選挙カーの上からも、何千人という中から美人をちゃんと見分けるんだなと感心しました。

 

結局、小池さん、出馬しませんでしたね。

立候補したら都知事の仕事を投げ出したと避難され、都知事のままだと、これまた無責任として顰蹙を買う。

都知事選は圧勝しましたが、それは実は政治家として敗残する前哨だったのかなと思ってます。

小池氏は政治家としての将来は摘んだようにみえますが、気のせいでしょうか。摘んだかに見えて、また再び「次の男」をみつけて逆転するのでしょうか。

都知事の立ち位置をキープしながら、国会のキャスティングボードを握るつもりだったんでしょうが、いくらなんも厚かましすぎ。

さらには、「選挙が終わったら、小池氏は党首をやめる」に清き一票を投じます。
Sponsored Link



 

鬼塚英明(wikiより)

鬼塚 英昭(おにづか ひであき、1938年1月6日 – [1]2016年1月25日) は日本の作家、竹細工職人、郷土史家。家業の傍ら、私家版の歴史書を書く。主として菊タブーや国際金融、国際情勢についての著作を執筆している。

大分県別府市生まれ。大分県立別府鶴見丘高等学校卒業、上京し中央大学法学部に入学する。働きながら大学で学んでいたが学費が払えず中退。故郷の別府にて家業の竹細工職人となる[2]。
2016年1月25日死去。78歳没。

以上

 

『海の門 別府劇場哀愁編』(2002年10月20日、自費出版)がデビュー作。
『天皇のロザリオ』上巻「日本キリスト教国化の策謀」(2006年7月8日、成甲書房)でブレイクし、2014年『天皇種族』が最後の著作になります。

 

鬼塚史観の盲点

鬼塚さんの本をざーーーっとよんでいますが、意外に執筆していた期間が短いんですね。

今世紀に入ってデビューして、去年亡くなっています。78歳でなくなっていますので、消されたとかいうのではなく、普通に寿命を全うされたようです。

あれだけきわどいことを書いておいて、なぜご無事だったのかということが不思議ですが、ひとつは、生きている権力者や皇族のことは書かなかったからではないでしょうか。

昭和天皇のことも描かれてますが、もう、崩御されていますし、田中角栄に関する本も、田中角栄がなくなってから書かれています。

さらには、「日本がアジアを侵略した」「中韓を侵略した」という記述もみられますし、この辺りを抑えていたから免除されたのかもしれません。

『ロスチャイルド家』をかかれた広瀬氏も、同じ史観でかかれています。ここが、地雷なのかもしれません。

話はそれますが、天皇さんや安倍ちゃん、キッシーをはじめ歴代の外務大臣などが、いまだに「侵略してごめんね」「慰安婦へのお詫び」などを言わされているところを見ると、将来的に、かつてドイツに課せられた賠償金のようなものを日本に課して莫大な国家予算的な賠償金を払わせるつもりなのかもしれませんね。戦争、恐慌に匹敵する国際金融組織のビジネスなのかなと。

もちろん、賠償金は韓国は借金だらけの国ですから、朝鮮への「賠償金」も、結局借金の支払いにあてられ、国際金融勢力がウハウハになるのでしょうか。

鬼塚氏に話を戻しますが、美智子に関しては、「テニスコートの出会い」は周囲が仕組んだもので、本人はその意図を知らなかったというスタンスで書かれていて、たまげました。

あれだけ賢い人ですから、美智子はもとより雅子の出自も知っていたでしょうがスルー、ダブルにも気が付いていたと思いますがスルー、昭和の親王妃たちの黒い背景もスルー。愛子さんの自閉症もスルー。

もしかして、氏は、正田美智子や小和田雅子たちと、同じ出自のルーツをもっていたかもしれません。

 

鬼塚氏は、大分の出身だそうですが、中央大学へ入学するものの、おそらくは学費がつづかなくて退学し帰郷。その後、竹細工のお仕事をしていたそうです。

猿回しの芸もそうらしいのですが、竹細工も昔は部落の方の仕事であり、竹細工を作成したうえで行商をしていた時期があったそうです。

戦後は、竹細工は県の文化遺産に指定され、ごく普通の農家の次男三男に継承されたりしているので、必ずしもそうであるとはいえないそうです。

部落にルーツがあるのでは、という指摘はあったらしく、それについては、ご本人は否定されています。しかし、ご本人のルーツがそうでなくても、部落のネットワークにつながるものがあったからこそ、あれだけの一般には知られていない情報をもとにかけたのかなとおもいました。

大室=明治天皇に関しては、いっさいの日本人に刷り込まれていた共通幻想を破った結果ではなく、最初から自由であるように見えます。大帝明治天皇が偽物と断定するのに迷いがありませんからね。日本人の共通幻想のようなものから自由でいられるのは、もともと、社会の外部にいた家系のかたか、外人のように日本の社会外に立ち位置を置いていた方かなと思いました。

氏は、決して、意図的に天皇制廃止へ誘導するように書いていらっしゃるわけではないのですが、氏の文脈の地下水に、しばし、部落の方々に見られる天皇制打倒し社会を更地にしたいという、社会の怨念のようなものを感じることがあります。気のせいかもしれませんが。

何が書きたいかというと、鬼塚史観は真相をついていると思いますが、一部、差し引いて消化しないといけない部分もあり、戦後の皇族にかんする著実に関しては注意が必要だと思いました。はい。

 

追記

コメント欄より

久しぶりにコメントさせて頂きます。鬼塚氏については以下のサイトに詳しい検証が載っていました。
http://blog.livedoor.jp/waninoosewa/archives/1627359.html

以前にも書かせて頂いたのですが、鬼塚英昭氏の著作は全て、北の抗日パルチザンだった朴甲東が作った成甲書房から出版されています。日本を貶める勢力の常套手段、玉石混合の論説ですね。99%の真実の中に1%の嘘を混ぜて日本人の思考回路を誤動作・攪乱させ洗脳して真実から目を逸らさせるやり方ですね。
私は天皇すり替え説は信じていませんでしたが再検証の必要があるのかなという気もします。何が真実やらまだまだ検証しなければならないでしょうね。
以下のサイトで詳しく解説していました。
http://h09.cocolog-nifty.com/blog/2013/11/post-b3d7.html

朴甲東によって1979年日本で設立
朴甲東は1919年朝鮮慶尚南道に生まれ、1941年早稲田大学卒業後朝鮮へ帰国し、朝鮮独立運動に身を投じ抗日パルチザン「朝鮮独立同志会」を組織する。戦後朝鮮共産党機関紙「解放日報」記者を経て、南朝鮮労働党に合流。1948年朝鮮民主主義人民共和国が建国されると、文化宣伝省ヨーロッパ部長になるが、1950年金日成の粛清により逮捕、監禁される。1956年釈放されると翌年に北朝鮮を脱出し、日本へと逃れて金日成政権批判を続けた。同じ南朝鮮労働党出身の朴正煕とも親交があった[1]。
った[1]。

以上、

ありがとうございました。

 

明日から泊りがけで県外へでますので、土日は更新が止まります。

週明けからは鬼塚史観はちょっとお休みして、過去記事ですが、眞子様騒動を一気に上げていきたいと思います。

ジリジリ気温が冷えてきました。ご自愛くださいませ。

でれでれ草

 

ネコの欠伸

 

◆人気ブログランキングに参加しています


人気ブログランキング
Sponsored Link
Sponsored Link

お願い

コメント欄にいただいたコメントは、記事に転載させていただくこともありますので、ご了承ください。非公開、転載不可の場合はあらかじめ、その旨お伝えください。

※メールアドレス欄は無記入でもコメントができる設定になっております。

8 件のコメント

  • お早うございます。
    鬼塚氏の本が2冊届いて、その分厚さに汗が一筋。
    寝る前に反日の方を数ページ読んだら、読み易い行間に数字と漢字がいっぱい。
    気がついたら眠ってましたので、次はもう一冊に手を伸ばし、寝る前に数ページ。
    すると、また強い眠気が・・・w
    どんどん読み進めたいのに、一日数ページが精一杯。
    実はその前に國敗れてマッカーサーを読んでる最中でして、
    いっぺんに対処できるのは一個という知能スペックなので、脳みそがプリンになりそうです。
    年をとるという事は頑張れなくなるという事!?
    でも、でれでれ様の解説に頼りつつちゃんと読破しますよ♪
    この本を読むにあたり、ちょっとした注意をして下さったこと、感謝します。
    初耳の記事を読むとへえーっと驚くと同時に全部インプットされちゃうので、助かります。

    一部で救い難いのが未だに暴れていますが、みんなもう分かってるようですね。
    皇室問題もこのように汚れがろ過されていくことを願っています。
    願うだけでなくメールはしてますけど。

    毎日お忙しいでしょうが、健康に留意されて、ためになる記事を発信してください(^.^)/

  • 久しぶりにコメントさせて頂きます。鬼塚氏については以下のサイトに詳しい検証が載っていました。
    http://blog.livedoor.jp/waninoosewa/archives/1627359.html

    以前にも書かせて頂いたのですが、鬼塚英昭氏の著作は全て、北の抗日パルチザンだった朴甲東が作った成甲書房から出版されています。日本を貶める勢力の常套手段、玉石混合の論説ですね。99%の真実の中に1%の嘘を混ぜて日本人の思考回路を誤動作・攪乱させ洗脳して真実から目を逸らさせるやり方ですね。
    私は天皇すり替え説は信じていませんでしたが再検証の必要があるのかなという気もします。何が真実やらまだまだ検証しなければならないでしょうね。
    以下のサイトで詳しく解説していました。
    http://h09.cocolog-nifty.com/blog/2013/11/post-b3d7.html

    朴甲東によって1979年日本で設立
    朴甲東は1919年朝鮮慶尚南道に生まれ、1941年早稲田大学卒業後朝鮮へ帰国し、朝鮮独立運動に身を投じ抗日パルチザン「朝鮮独立同志会」を組織する。戦後朝鮮共産党機関紙「解放日報」記者を経て、南朝鮮労働党に合流。1948年朝鮮民主主義人民共和国が建国されると、文化宣伝省ヨーロッパ部長になるが、1950年金日成の粛清により逮捕、監禁される。1956年釈放されると翌年に北朝鮮を脱出し、日本へと逃れて金日成政権批判を続けた。同じ南朝鮮労働党出身の朴正煕とも親交があった[1]。
    った[1]。

  • 今年は色んな事が明らかに‥‥なる年、との事でしたが、
    実は身内に托卵があった事を父がポロッとこぼして‥!
    様々にガラガラポンの年でした。(まだ、後2カ月半残ってますが💦。)
    伯父夫婦の5人の子供(私にとっては従兄弟・従姉妹)のうち、4人目の従姉妹が伯父では無い男性の子供だった(!)
    と知った時のショックは、なかなかのものでした。
    確かに目が大きな外人顔系の中、一人地味目な顔立ちでしたが。。。

    いきなりプライベートの話を書かせていただき、申し訳ありません。
    実はこの一ヶ月『九州・山口』と言う土地柄を改めて考えさせられておりました。
    ちょっと、徒然に書かせていただきます。
    まず、ザビエルのキリスト教伝来の頃から考えると、
    以前のブログのコメントにどなたかが、
    「先祖帰りなのか鹿児島や天草で金髪の子が時々生まれる」と書かれてましたが、その時に私もコメントしたと思うのですが、私も若い時は金髪・赤毛混じりの髪の毛で、顔立ちも日本人離れしております。
    母方の祖母は、大分県臼杵市と言う海岸部の生まれ(キリシタン大名大友宗麟の頃、外国貿易をしてました。)でしたが、孫の私から見ても外人顔で、背も高くがたいも良く、ポルトガルやスペインの集落に居ても違和感が無い顔立ちでした。(魔法使いのお婆さんを想像して下さい。)
    多分、キリシタン大名の頃に混血もあっただろうと思ってます。
    その後切支丹禁教令が出ましたが、九州は元々海洋貿易が盛んな土地柄でしたので、江戸期の後半では様々な接点や融和があったのかも‥‥と思います。
    各藩、密貿易を結構しておりますので、英国系の商会とかも入っていたのかもです。
    そして、たまたまの旅先の出会いで私の中のいろいろな符号が重なりましたので、その事を。。。
    9月に福岡県柳川市に行き、川下り観光を致しましたが、そのコースに、オノ・ヨーコ氏のお祖父さま旧居跡がありました。 小野英二郎とおっしゃって、日本興業銀行の総裁をされた方です。
    http://yumimi61.exblog.jp/21092269/
    オノ・ヨーコ氏は、母方の安田財閥との繋がりが有名でしたが、
    父方の血縁関係もものすごい事になってます。
    川下り観光をしながら、「出来たばかりの日本興業銀行の総裁を務められ‥‥」に引っかかり、現地で船頭さんとおしゃべりをして、帰ってからもいろいろ検索しました。
    とりあえず、、出来すぎなんです。あの時代に元貧乏藩士の子息が同志社中学を17歳で中退してアメリカ留学、ミシガン大学で弁論をふるう程になって帰国。(このミシガン大学も、ダヤン氏ご指摘の日本人を英語下手にしている英語教育の壁です。)
    同志社の教頭から銀行家に転身。ウィキペディアでは薄ーくごまかしているけれど、
    元藩士の割には、先祖が遡れてない。戦国時代から有名な武将の苗字を名乗っているけれど、系図繋がりは無い。
    “御次番”“お能方”であった様。 “御次番”は殿様の寝所の次室で番をするのですが、“お小姓”の意味もあったとか。“お能方”も、芸能ですし、どうも猿楽士(夜伽もさせられる)→能が武士のたしなみとなり、武士が楽士になったり、楽士が武士扱いに成ったり→武士扱いになると(下に見られるので)当人は楽士を敬遠しだし、新たに芸能できる人が“お能方”つまり芸能人になる。
    何となく、真っ当な武士では無かった様子。
    江戸末期~明治の九州は、どうも怪しさがいっぱいで、
    この小野英二郎も、仕込まれた感がありますし、
    正田富美の父親の副島氏→佐賀県武雄
    ブリジストンの石橋氏→久留米(伏見様によれば、部落かも?)
    山口淑子(李香蘭)氏の両親→父親佐賀県、母親の旧姓は石橋
    父親は佐賀県人で仕事で家族と共に満州に渡ったのに、
    中国語がネイティブ並みであった。
    山口淑子氏は、フランス人のクゥオーター情報。
    (あの時代にクゥオーター??  あんなに李香蘭本を執筆されているのに母親との思い出が無いので、貰い子の可能性。)
    また、小野英二郎氏に戻りますが、娘の寿満子の結婚相手は、
    初代国連大使の加瀬俊一(かせとしかず)氏。
    http://www.wikiwand.com/ja/%E5%8A%A0%E7%80%AC%E4%BF%8A%E4%B8%80_(1925%E5%B9%B4%E5%85%A5%E7%9C%81)
    赴任歴を見ると、とてもスゴいのですが、ダブルスパイになれるくらいの環境。
    この加瀬俊一氏の国連大使時代の秘書官が大鷹弘氏で、
    山口淑子氏の二番目の夫君。(8歳年下)
    この大鷹弘氏は、外交官一家で、父親が小野寺機関(諜報機関)の小野寺信少将のラトビア赴任時代繋がりがあった模様。
    http://app.f.m-cocolog.jp/t/typecast/407129/396772/16624604
    山口淑子氏と二番目の夫君大鷹弘氏との写真はとても少ない
    。。。(本当は偽装結婚?)
    大分県中津市出身の福沢諭吉ですが、
    有名な逸話がありますけれど、およそ日本人らしく無いです。
    http://blog.izumishobo.co.jp/sakai/2006/09/post_124.html
    「諭吉」の名前の由来は、清国の乾隆帝に関する書物より名付けられた
    https://matome.naver.jp/m/odai/2144968069288187901

    あちこちに、外国勢力と、、実は、清国との繋がりが見受けられます。
    明治維新の『薩長土肥』、土佐を除く『九州・山口』組は、
    非常に、西欧及びその影響下の清国にだいぶ侵食されていたかも‥‥と、思われます。薩摩は琉球貿易で外部との関わりが有りましたし。
    ついでに言うと、宇佐八幡宮は、南九州の隼人族の侵入を警戒して、隼人族を征伐する為、ヤマト国を守る為に南に向かって建てられているそうです。
    https://serai.jp/tour/238289#
    中津市には、傀儡(くぐつ)祭りと言う奇祭があり、
    719年、宇佐地方を新羅と手を組んだ隼人族が襲って来た時、その戦いと、何千人と死んだ隼人族を弔う祭りがあります。
    薩摩藩島津家と、隼人族の繋がりはまだ調べてませんし、
    1000年以上昔の戦(いくさ)事ですから、
    現在はそうでは無いと思いますが、
    もしかしたら島津家の天皇・ヤマトへの気持ちは薄かったのでは?と想像します。

    長々とすみません。状況証拠とその心証ばかりですが、
    明治維新の頃は、九州はとても危険地帯だった感じが致します。
    単に、割と水に恵まれ、温暖なので作物の出来も良く、新し物好き気質だっただけかもしれませんが。。。
    鬼塚氏は大分県別府市との事、、
    以前、伏見様のコメント欄にも書きましたが、
    温泉地は、湯治客、そして明治以後は観光地となり、
    人の出入りが多くなりましたので、移り住みが楽であったようで、B、Zも結構いらっしゃる様です。
    パチンコをしている生活保護者への生活保護停止を別府市が打ち出したら、大反対にあい、別府市側が折れました。
    昭和が残り懐かしい風情ですが、要はあれだけの材料がありながら、発展しなかったのです。
    そして、孤児院などキリスト教関連施設もあります。
    鬼塚氏は、そういう方達と交わりながら、でも生活に密着した地道な仕事で、日本の本来あるべき姿も愛されていたのではと思います。
    本当に長くなりました。
    でれでれ草様の記事からいろいろ触発されて、
    「気付く」ようになりました。
    有難うございます。
    真子様の記事アップでお忙しいなか、失礼致しました。

  • 長くなりついでに、、、
    小野英二郎の姉の宮川千代の次男・武はブリヂストン創業者である石橋正二郎の妹・直子と結婚してブリヂストン常務を務めていました。
    大牟田市の歴史を紐解くと、江戸後期、三井三池炭鉱の前身を柳河藩士の小野家に採掘権限移譲してました。。。
    黒龍会が福岡にあったり‥‥、
    清国の上海閥との繋がりがありそうですね。

    衆議院選挙は、「自公優勢」と気持ち悪いくらい持ち上げてますが、
    怪しさ満点で、不正開票されないか危惧しております。
    とりあえず、不在者投票には行きましたけれど。

  • サリーちゃんコスプレの百合子ちゃんの笑顔。。
    やはり、岸信介元首相に似ている気がする。。。

    西洋人と現地人とのあいの児を“メスチソ”と言うのを思い出しました。
    フリーメーソンの“メーソン”が語源でしょうか。

    • そういえば、似ている気もしますね。
      小池百合子さん、あの方も謎がおおそうです。

  • すみません。
    なんとなく呟いた後に“メスチソ”を検索しました。
    https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A1%E3%82%B9%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%BC%E3%82%BD
    移民受け入れ政策は、、危険ですね。
    10月18日付けの《つれづれ》にコもメントしましたが。

    男女共同参画は、日本人消滅計画かもしれません。
    心から溢れた呟きばかりで、意味不明かもですね。
    申し訳ありません。

    たくさんの真子様の記事、途中読み飛ばしていたのか、
    新たな発見もあります。
    大変な作業と思います。有難うございます。

    • 全ての政策が民族消滅を目的としているのは明らかですね。
      眞子様騒動ですが、最近、工作員の質が落ちて荒くなってきただけで、幕末から似たようなことばかり繰り返してますね。
      偽物は結構ですと申し上げたいです、。

  • コメントを残す

    メールアドレスが公開されることはありません。