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250年ぶりに硫黄山噴火、250年前は皇統の移動

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250年ぶりに高千穂と関係深い霧島連峰・硫黄山噴火、250年前は皇統の移動があり

本日もお越しいただきありがとうございます

皇室の始まりと関係の深げな霧島連峰に属する硫黄山が250年ぶりに噴火したそうな。

霧島→天孫降臨の地→皇室発祥の地、、、、

硫黄→いおう→言おう、、、、とか、

硫黄→いおう→異王、、とか、何か言霊だったらいいなあ。

 

霧島山

霧島山(きりしまやま)は、九州南部の宮崎県と鹿児島県県境付近に広がる火山群の総称であり、霧島連山、霧島連峰、霧島山地あるいは霧島火山群とも呼ばれる。

最高峰の韓国岳(標高1,700m)と、霊峰高千穂峰(標高1,574m)の間や周辺に山々が連なって山塊を成している。

 

天孫降臨説話の舞台

古代においては天孫降臨説話の舞台とされ、高千穂峰の山頂には天孫降臨に際して逆さに突きたてたという天の逆鉾が立てられている。「霧島」が最初に文献に登場するのは837年(承和4年)8月の続日本紀であり、諸県郡の霧島岑神社を官社とする旨が書かれている。

 

霧島神宮

天孫降臨の神話の主、ニニギノミコトを主祭神として祀る神社。平安時代に編纂された「延喜式」にも記されている。
もともとは高千穂峰付近にあった社殿は噴火による焼失で何度も移り、現在の社殿は島津藩主吉貴公の寄進で300年ほど前に建てられました。

 

・皇室誕生にゆかりありげな霧島の硫黄山が250年ぶりに噴火。

・250年前といえば1768年。

・霧島の噴火の12年後、1780年、皇統の移動がありました。

 

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光格天皇

・明和8年8月15日(1771年9月23日) – 天保11年11月18日(1840年12月11日)

・江戸時代の第119代天皇

・在位:安永8年11月25日(1780年1月1日) – 文化14年3月22日(1817年5月7日)。

・幼名を祐宮(さちのみや)。

・諱は初め師仁(もろひと)としたが、死人(しにん)に音が通じるのを忌み、践祚と同時に兼仁(ともひと)に改めた。

・傍系の閑院宮家から即位したためか、中世以来絶えていた朝儀の再興、朝権の回復に熱心であり、朝廷が近代天皇制へ移行する下地を作ったと評価されている。

・実父閑院宮典仁親王と同じく歌道の達人でもあった。

・践祚前の安永8年11月8日(1779年12月15日)に危篤の後桃園天皇の養子となり、儲君に治定。

・実際には天皇は前月中既に崩御しており、空位を避けるために公表されていなかった。

以上

 

幼名が祐宮(さちのみや)。

明治天皇=睦仁親王も、祐宮(さちのみや)でしたね。

祐宮(さちのみや)ではじまった光格天皇の皇統が、睦仁親王=祐宮(さちのみや)が、長州の被差別民によって暗殺され、偽物とすり替わってしまいまい密かに皇統が絶えました。

 

皇室誕生にゆかりありげな霧島が250年ぶりに噴火。

今度も皇統が移動するのでしょうか。期待してしまいますね。

ナル廃太子→(とりあえず)偽秋篠宮即位→旧宮家の皇籍復帰→皇統は正統なる旧宮家へ。

なんどかのステップを踏みながら、正統な皇統へと移っていただきたいと思います。

 

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