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文藝春秋砲・小池百合子

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本日もお越しいただきありがとうございます。

「小池百合子 虚飾の履歴書」文藝春秋砲、強烈でしたね。小池百合子がどういう人間かが、なんとなしに、わかるレポートでした。

 

文芸春秋 7月号

P164

初めてザマレックのアパートに移った日、小池は「一人で寝るのは怖いから中川さんの横で一緒に寝てもいい?」といってきた。そんな小池を中川さんは、まだ子供なんだな、自分は年上だから、この子を守らなくちゃいけない、と愛おしく思った様子が手紙でつづられている。

だが、こうした当初の印象はだんだんと崩れていく。

同居した直後から、中川さんはあることに悩まされるようになる。それは来客の多さで、ほとんどが日本人の男性たちだった。当時、カイロにいた学生は数十人。そのほかに日本の商社から派遣された語学研修性、新聞記者や、大使館員、政府関係者、民間企業の駐在員がいた。彼らは皆、小池に会いにやってくる。

独特の表情、視線の投げ方、身体の動き、相手の気をそらせない受け答え、男性たちが心を奪われていく。

 中川さんは傍から見ていて、たまに怖くなることがあった。この子は、どこでこういう術を身に着けたのだろう。まだ、若いのに、とおもう。子供なのか、自分などよりずっと大人なのか、よくわからなかった。

以上

 

 

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小池百合子氏は、1976年12月に帰国後、フリーのアラビア語通訳として「大協石油」ほか各企業と契約した、と語っていますが、、、、、元幹部によると、社長が気に入っていたので接待の場に同席させていた。でも中東の取引などの通訳や翻訳は正社員がやっており、英語で済むため小池百合子氏はこうした仕事はしていないとのこと、、

P178

「百合子さんは接待の場では、常にだれが一番偉い人かを見抜いて近づいていく。あれはすごいと社内で評判になっていました」

以上

カイロ→日本の商社→テレビ局→日本新党→新進党→自民党→都知事

常に、一番偉い人、に取り入り、わたり歩きながらここまできました。

こういう、中身のない、ただ権力だけがほしい、上から人を支配したい、、、、そういう、詐欺師みたいな女性が、首相になろうとしていたっていうのが、怖いですね。

 

カイロ大学卒業という嘘

小池百合子氏は、定例記者会見では、「カイロ大学首席」は、教授から「成績がよかった。トップだった」といわれ、嬉しくて描いた、と答え、「カイロ大卒業」については、自信ありげに卒業したのはまちがないと答えてましたが、、、。

 

朝堂院氏の証言

こちら朝堂院氏。フィクサーの一人だそうです。

小池百合子の父、勇次郎は借金を抱えて大変なことになったとき、朝堂院氏になきついて債務を処理してもらい、ヤクザから守ってもらったことがあります。

その後、勇次郎は朝堂院氏の部下となり社員となり、朝堂院氏は、小池家の家族の面倒を見ていました。小池百合子氏は、カイロ留学から帰国後、しばらく、朝堂院氏の事務所で働いてた時期があります。その働きぶりですが、、、、

文芸春秋 7月号

P178

朝堂院氏は言う。

「百合子は東京の俺の事務所に出入りしていて、小遣いをやっていたよ。エジプトから政府高官がきて、料亭で接待した時も同席させた。服まで買って、記させて連れていった。服もあまり持っていないというから。使っていたのはアラビア語ではなく英語だよ」

以上

援助交際とは言いませんが、ペット的なあつかい、そういう関係にみえますね。

動画の内容をザックリまとめると、、、

・小池百合子氏は、カイロのアメリカン大学は行っていたが、カイロ大学は卒業してない。

・自分は当時カイロにおり、小池氏の父親は部下であり、家族の面倒を見ていたし、小池氏の生活ぶりから見てありえない。

・父親の政治力で76年度の卒業証書をとったという説もあるが、自分の部下だった小池勇次郎氏にはそんな力はない。

・卒業証書はいつ発行されたものかがポイント。76年に卒業したののなら、その年にあったものがあるはず。

・おそらく、小池氏のもっている卒業証書は、2010年の「アラブの春」以降、金で買ったものだろう。

・「アラブの春」以後、エジプトの失業率は5割と高く、秩序は崩壊。金のために何でもする時代が続いている。

・大学のなかも荒れて荒れて、アラブの名門大学の回路大学も、卒業証書は金で買えるようになった。

・小池氏は、76年に卒業した事実はない。

都議会でも追及されていますが、しかし、小池氏は自信満々ですね。いつものように、男友達がなんとかしてくれるとおもってるんでしょうか。

しかし、文芸春秋さんの側も先を読んで準備をして公表したはずです。小池氏さんが反論した場合や、裁判になったときの、隠し玉を持っているんじゃないでしょうか。

 

芦屋の金持ちの令嬢という嘘

文芸春秋 7月号

P162

だが、小池と一緒に暮らすようになり、彼女の経済状態を知ってから、中川さんはこれでよかったのだろうかと思うようになる。

「彼女のトランクケースの中身を見たら、中学生の頃からきているという古びたものばかりだった。何より、私が驚いたのは、両親が一切、仕送りをしてこなくなったことです。いったい、この子はどうやって生活費を、このカイロで捻出しているのだろうとおもいました。実家は兵庫の芦屋で、お父さんは貿易会社の社長だと聞いていましたが、ちぐはぐな印象を受けた。彼女は『芦屋といってもいろいろで、私のことろはそういう芦屋じゃない』と、そんないい方をしたのを思い出します」

P162

「小池さんのお父さんは、時折カイロに来るので私もお会いしましたが、とても変わった方だった。

大声でありえない自慢話や大ぼらを吹く。とにかく有名人が大好きで日本の政治家の名前を呼び捨てにしては、知り合いだと言ったり。でも、小池さんは、そんなおとう阿⒮んの言いなりで、まるで2人は一卵性親子でした。」

 

P163

当時、同社と取引をしていた男性は、小池の父の経営ぶりをこう語った。

「資本金が8000万円で、主要取引先は関西電力だときいていたので、きちんとした会社なんだろうと思っていた。ところが社員は6人しかいない。しかも、一人は社長の奥さんで、社長の甥っ子もいたし、息子で百合子さんの兄さんもいた。

奥さんと社長は、いつもお金のことでもめていました。とにかく社長はやることがめちゃくちゃ。

カイロにいるゆりこさんいテレックスを送らせると、それをつかんで、『中東からこういう情報が入りました、現地に行って私が調査してきます』といって、いろんな会社を回ってはお金を引っ張り出し、中東へ飛んでいく。会社は傾きかけていたけど、みえをはらないと商談相手に足元を見られると言って、ひこうきもエコノミーには乗らず、カイロではナイル・ヒルトンを定宿にしていた」

父親がやってくるとナイル・ヒルトンに小池は会いに行く。同居してまもなく小池が、白い大きな巾着包みを片手に下げて、帰ってきたことがあった。

「小池さんは私の目の前で、そのつつみをテーブルの上に置くと、ぱっと手を離しました。白い布が四方に広がって、中から現れたのは、コーヒーカップ、お皿、ナイフ、フォーク、シュガーポット……。すべていヒルトンのマークが入っていた。お父さんといっしょにルームサービスをとって、白いテーブルクロスごと、包んで持って帰ってきたというのです。私は心底驚きました」

転載以上

 

異様なまでの虚栄心、人の好い人にたかり続けて利用すること、盗み、ウソ、犯罪などを恥としないところが、妙に、日本人ばなれしていますね。

 

新聞にカイロ大卒業と掲載されたから、もういい

レポートの中で、一番印象に残ったのは、エジプトで遊んで暮らしてた小池氏が、コネだけでカイロ大に入学?し、単位がとれないまま留年、アラブ語が、話せない読めない書けないのにかかわらず、エジプト大統領夫人が来日した時のエスコート役に選ばれいったん帰国。こうした通訳や接待は、小池は英語はできたので、英語だったようです。

そのときに、新聞に「カイロ大学を女性で初めて首席で卒業」と新聞にかかせましたが、、

アラビア語を理解できない当時の小池氏は、ひたすら、意味の解っていない文語の文字を図形として記憶することにし、丸暗記をするために、ひたすら書き写していた。そのため、使っている鉛筆はすぐに、短くなり消耗していきます。

この鉛筆を、カイロ大学時代の猛勉強のアリバイの小道具として使い倒します。

P177

小池はまた、帰国する際、アパートのドアの横にうずたかくノートと教科書を積み上げ捨てていった。

そして、中川さんに「これだけあればいいの」といい、短く使い切った鉛筆だけを日本にもちかえった。中川さんには、意味がよくわからなかった。なぜ、教科書やノートを捨て、もう使えないほど短く消耗しきった鉛筆を持ち帰るのか。

そのえんぴつもまた、今では有名な品となっている。小池がピラミット写真とともに、カイロ大学でどれだけ自分が必死に勉強したかを物語るとき、よくマスコミに公開するからだ。中川さんは振り返っていいう。

「学業はもう捨てていい、新聞にカイロ大卒業とのったんだから、という、小池さんの気持ちが無造作に投げ捨てられた教科書の山に現れていたように感じる」

以上

 

レポートのなかの、小池百合子氏のエピソードを読むに、学業としての地道な勉強することができない頭の人なんじゃないでしょうか。読解力がない人なのかもしれません。

小池百合子氏が、何故、英語がある程度できるのに、英語圏ではなく、エジプトを選んだのか、ですが、日本人になじみのうすいエジプトなら旨く誤魔化せるだろう、という思惑からではないでしょうか。

関西学院大学(関西学院)に入学した(らしい)ものの、2年後にはカイロへ行ってます。小和田雅子のように、何らかの形で無理をして入学したものの、雅子のように授業についていけず、あるいは遊んでばかりで、単位が取れなかったのかもしれません。

 

報道という神託の終わり

大衆は、長い間、報道されたものを、検証もせずに事実として受け入れてきましたが、それを悪用して、嘘を報道させて「偽りの事実」をつくらせた最大のものが、戦後の聖人としての「皇室・皇族」でした。

管理人は、天皇や皇族たちが「現人神」だったのは、戦前ではなく、テレビをはじめ報道の印象操作により、国民の洗脳と統制が効き始めた戦後からだったと思っています。戦前は、皇室や皇族の秘め事や明治以降のなりたちと怪しさは、結構知れ渡っていたみたいですね。結局、戦争でリセットされて、「現人神」「聖人伝説」が上書きされ多と思います。

しかし平成も後半になってきてからは、愛子さんのダブルたちのあまりの似てなさぶりや、愛子さんご優秀伝説の盛り方、雅子の使えなさぶり、眞子様・コムロ報道がやりすぎで、菊のカーテンがはがれてきました。

いくら反安倍報道しても、安倍ちゃんの三選は揺るがず、野党の支持率は伸びないまま。

テレビが神託だった時代は終わりましたね。同時に、皇室皇族の「聖人伝説」や「現人神」としての劇場も終わるでしょう。

 

しかし、小池百合子氏の「恥の観念のなさ」「罪悪感のなさ」には、驚きました。

・その場その場で、人心をとらえること巧みにできる女性、それ以外はこぎれいな容姿だけ。

・その場、その世界の「一番偉い人」の保護を受けては、うまい汁を吸い続ける、

・世話になった人間に砂をかけて「次」へ行き、利用した人間を踏み台にして登っていった。

・いじましいほどの虚栄とがめつさ。

・その場、その場の人心収攬術、それだけで世を渡ってきて大臣、都知事になった。

という感じでした。あくまで個人的な印象ですが、、、。

日本人なんでしょうか。このひと。

 

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