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皇室|鍋島藩の謎3|お血筋の謎、コメント欄より

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続きです。

お血筋の謎 鍋島家

コメント欄より

詳しく書くと、とてつもなく長くなるので、かいつまんで書かせて頂きます。

関係者の皆様には大変不敬で、不愉快だと思いますので、ほぼ『妄想』と言う事で。

①鍋島直正とその後妻以降は、それまでの鍋島家の菩提寺でなく、佐賀市内の別の場所に墓所を作っている。

これは、明治になってから曹洞宗から神道に宗旨替えしたからですが、、その先祖の斬り捨て方から、もしかして、直正公は、お血筋が違うのでは?

死後、佐嘉神社に祀られてますし。尚且つ、東京で亡くなり、一旦埋葬されたのが、江戸時代からの鍋島家墓所の寺の『境内』でなく、『境外』。

寺の『境外』に埋葬と言う表現を初めて見ました。

 

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②鍋島直大侯爵の明治天皇からの御覚えの目出度さは、既にコメントしましたが、高額納税者であったのは、様々に才覚と、政府との癒着があっただろうと思われ。

佐賀の乱を鎮めた、大久保利通や伊藤博文と仲が良かったのもちょっと不審。

もう、お墓は佐賀に移されてますが、鍋島直大と息子の直映(なおみつ)は青山墓地に埋葬。お墓も仲良く大久保利通の隣でした。

 

③東久邇宮稔彦殿下は、明治天皇の皇女を娶るが為に、宮家を名乗る事が出来ました。

※鬼塚史観では、東久邇宮は、秩父宮の実父であろうとされています。

「東久邇宮稔彦」の画像検索結果

朝香の宮鳩彦王も、明治天皇の皇女を娶ったので、宮家になりました。

明治天皇の皇女降嫁なのですが、明治天皇の皇女は特別みたいです。

で、その朝香の宮鳩彦王と明治天皇皇女の娘が鍋島家に嫁入り。直映の息子嫁になります。

そのようなお血筋・ご身分なのに、そのお二人の息子、鍋島直要は、木村元子と言う方と結婚します。

この木村元子さんは、東京毎夕新聞、日刊自動車新聞が母体の、モーターマガジン社社長・木村正文の娘です。

木村正文の父は、木村政次朗と言う、政治家・実業家の息子ではありますが、木村政次朗は生まれがあやふやな記述です。

と言うか、ほぼ出所不明です。

三代より前に遡れないお血筋の方と、明治天皇の皇女の血筋も入った鍋島家次期当主が結婚?!って不可解に思ってました。

※東久邇宮稔彦さんは、秩父宮の実父といわれています。稔彦さんは、父が超高齢のときの子なので東久邇家の実子かどうかは怪しそう。

 

④遡り、朝香宮鳩彦王は、フランス留学中に従兄弟宮様の運転する自動車に同乗、運転した宮様は死亡、その奥様と朝香の宮鳩彦王も重傷を負いました。

そもそも、朝香宮様は、軍事技術の研究の為にフランス留学されていたそうです。

鳩彦王殿下のお若い頃のお写真、イケメンの軍服姿もスタイリッシュです。チェコ式のカラーの高い軍服を仕立てたり、、と軍人である事はお好きだったようです。

鍋島直映の息子、直泰は、名ゴルフプレイヤーで、自動車にも造詣が深かったとの事。

スペインのメーカーの自動車の車体のみ輸入、ボディは日本でオリジナルにされてました。

この、スペインの自動車メーカーは、軍事産業技術も開発してました。

現在は、1950年代か1960年代に、フランスのメーカーに吸収合併されてます。

朝香宮様、東久邇宮様、自動車事故で亡くなられた宮様、共に、軍事産業・武器産業に関わってなかったか‥‥と、妄想してます。

現在でも、フランスは、武器輸出国です。

本人達に、高等工学の知識が無くても、武器輸出入に関して隠れ蓑にもなりますし、日本側からすれば、ご見学と言う体で、開発部門に出入りも出来るのかな‥‥と。

 

⑤鍋島直要と結婚された木村元子さんの姉妹、侑子さんは、東芝アメリカ会長の石坂信雄夫人(昭和8年結婚)。

(昭和初期には既に、東芝はアメリカ進出してたんですね。)

石坂信雄氏の父親は『財界総理』と呼ばれた石坂泰三。(第一生命社長、東芝社長、経団連会長。)

因みにすぐ上の兄、石坂泰彦氏は、三菱銀行勤務後にダイヤモンドクレジット会長で、奥様は、博報堂社長・瀬木博信氏長女。

こちらも実業界的に華やかですが、モーターマガジン社社長木村正文と閨閥になる意味とは?

なんとなく、東芝・欧州自動車メーカー・フランス、スペインの軍需産業・アメリカの軍需産業モーターマガジン社はゴルフ雑誌も出してます。

欧米エリートが何故ゴルフをするのか、それは脱税の話しをする為、、と、以前でれでれ草様からのコメント返信にいただきましたが、ゴルフで、次の戦争を話しあったりしてるのかもです。

とりあえず、全体を俯瞰すると、宮様方は利用されたのかもしれませんが、武器輸出入での高額利益と、武器製造への潜り込みのニオイがします。

 

⑥スコットランドのハイランド地方を調べてましたら、19世紀初めに『土地清掃』なる活動があってました。

ハイランド地方に住まっている、古い民族の方達を追い出し(貧しいながらも農地がありました。)、羊の放牧地にする為、村の焼き討ちとかもしたとか。

タダでさえ少ない人口が五分の一くらいになり、アメリカ移民として渡って行った方もいるらしいです。

岩倉具視達の使節団がわざわざスコットランドに行き、ハイランド地方を見学したときは、既に『土地清掃』された後でした。

思えば、満州も、確かに都市開発としてお金はかけましたが、元々他所の国へ出張った事。

この『土地清掃』に近い感覚ではないでしょうか。

英国仕込みの感覚かと。。

 

⑦英国・フランス、アメリカ、どれに染まったのか、どこと真の仲良しかは、まだ判然としませんが、軍事でつながっている‥‥又はいた、と思います。

さて、徳川宗家の方がベトナム人女性とご結婚されたコメントを読んで、、ドキッとしました。

現在の鍋島家当主、直晶氏も、外国人女性と結婚されてます。

名前はメルセデスさん。どこのどなたかはわかりません。系図に名前があるのみです。

 

ついでに、朝鮮王族の李玖氏がアメリカ人女性と結婚(後に離婚)されてましたが、その女性は、アメリカの中国系移民の設計事務所、イオ・ミンペイ氏の事務所に勤めてました。

イオ・ミンペイ氏は、ルーブル美術館前庭の謎の三角形ガラス建造物を設計された方です。

私の中では、メーソンかイルミと思ってます。

過去に、アメリカのクリーブランド病院他の件でコメントしてたと思いますが。

以上、長くなり申し訳ありません。

以上

 

続きます。

 

ペンギン参上

can't fly penguin GIF

 

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10 件のコメント

  • いつも更新ありがとうございます。
    でれでれ様におかれましては、拙コメをトップページにおいていただき感激しております。

    実は、先ほどkkが三年の予定で渡米というニュースを見て驚きました。
    確か直虎の最終回で、海賊のカシラは海外に行く途中船が難破して死んでしまいました。
    杞憂かも知れませんが、KKと同じ飛行機に乗るのは恐ろしいような気が・・・。

    最近ANAやJALは中国寄りだし、飛行機事故なら遺体が見つからなくても怪しまれないので、乗ったことにして国民に不評のKKの屋号を処分、そして保険金をたんまり受け取るつもりなのでは・・・などとつい勘ぐってしまいます。
    その後ヒラメ眞子に一生独身をつらぬく宣言でもさせて国民の同情を買い、女性宮家創設や女性天皇につなげる魂胆かも・・・。
    私の考えすぎならよいのですが・・・。

    • ありがとうございます。
      みなさんに読んでいただきたいので、貼らせてもらってます。
      >確か直虎の最終回で、海賊のカシラは海外に行く途中船が難破して死んでしまいました。
      >杞憂かも知れませんが、KKと同じ飛行機に乗るのは恐ろしいような気が・・・。

      コムロは、小和田雅子の元不倫相手たちのように、なるかもしれませんね。
      死んだという報道だけして、本人はどこかに逃げ隠れるかのうせいもありますが。
      結局、キムコムロは失敗だったという結論がでたのかもしれません。
      しかし、眞子さんがブラジルへ行きますが、別の人になり、新しいチームで仕切り治す可能性もありますね。
      見守りたいと思います。

  • >一旦埋葬されたのが、江戸時代からの鍋島家墓所の寺の『境内』でなく、『境外』。

    うーん、境外って・・びっくりな言葉です。
    血筋代わりもあるのでしょうが、もしかして「異教徒」であられたのでは?
    クリスチャン?カトリック??
    友人に、プロテスタントがいます。
    その人に言わせると「仏教は宗教みたいな哲学、神道はアニミズムで宗教以前」らしいです。
    「宗教みたいな哲学のとこ」に葬られるのがいやだった?とか。

    佐喜神社は大きな神社ですね。
    http://sagajinjya.sagafan.jp/e36923.html
    >直正公はさらにアメリカ人宣教師フルベッキを招き、長崎に「致遠館」という英学校をつくって英学を学ばせました。
    という文が上記に見えます。
    フルベッキと仲良しでおられたようですわ。
    こうなってくると、お察し状態かな。

    ホントにガッコで習った歴史って上っ面だけ、さらにウソだらけって。。。情けないですねえ。
    勉強させていただいてます。
    ありがとうございます。

    • >フルベッキと仲良しでおられたようですわ。

      佐賀藩で、プレ維新があったのかもしれませんね。
      江戸時代にすでに侵入されていた感があります。
      維新は仕上げだったんでしょうね。

  • ゆっくりと佐喜神社のサイトを見ました。
    けっこうおったまげです。

    全部で神域内に7社あります。
    第1社 佐喜神社 鍋島藩主第10代と第11代を祭る
    第2社 松原神社 藩祖鍋島直茂(命)初代藩主鍋島勝茂(命)そして、何と龍造寺隆信(命)です、乗っ取りしたのに厚かましくも龍造寺氏を祭っております!
    第3社 松根社 古川松根(命)このお方は10代藩主の小姓というか重臣というか、10代亡き後に殉死されたので神(命)として祭られています。
    あと まあフツーですね。
    第4社 松原稲荷社
    第5社 松原恵比須社
    第6社 佐嘉荒神社
    第7社 松原河童社

    以上は,佐喜神社のウエブパンフレットからです。
    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
    以下は「玄松子」さんという神社好きでは有名な方のサイトからコピーさせていただきました。この方は参拝されて書いておられますので、いろいろと写真もあります。

    祭神・鍋島直正公は、江戸末期の第十代藩主であり、明治四年の没。
    明治六年、松原神社・南殿に祀られ、県社に列し、
    昭和八年、佐嘉神社として別格官幣社となった。
    鍋島直大公は、その子にあたる。
    ということで、比較的新しい神社なのだ。
    境内(隣?)にある松原神社は、現在、北座・南座に祭神を配しているが、
    佐嘉神社ができるまでは、北・中・南の三座あり、
    その南座が独立し、中座が南になったということか。
    市街地にあるのに静かで、ゆったりとした神社。
    広く、木々も豊かな境内には、
    松原神社や松原稲荷神社など、立派な神社がある。
    神紋は、鍋島杏葉。
    拝殿の賽銭箱には、菊紋があったが、やはり鍋島杏葉が主。
    神門の正面に社殿。
    左に客殿、右に祓殿がある。
    境内の右手に出ると、小さな松根社がある。
    東入口の横には、赤い社殿の松原稲荷神社。
    本社そばには、松原神社がある。
    当社の神紋は、珍しい12本の日足。2本ずつにまとめられ、
    鍋島日足と呼ばれている。
    祭神は、北座に、
    従五位下山城守龍造寺隆信命、
    従四位下肥前守龍造寺政家命、
    従四位下駿河守龍造寺高房命。
    南座に、
    平右衛門尉 鍋島清久命、
    佐賀藩祖 従三位加賀守 鍋島直茂命、鍋島直茂室 彦鶴姫命、
    第一代藩主 従四位下信濃守鍋島勝茂命。
    ****
    佐嘉神社略記
    祭神 贈従一位大納言鍋島直正命
    従一位勲一等鍋島直大命
    鍋島直正命 第十代佐嘉藩主
    明治六年松原神社南殿に奉祀
    昭和八年九月二十三日佐嘉神社遷宮
    同月二十八日別格官幣社に仰出され
    十月十二日勅使御差遣奉幣あらせらる
    鍋島直大命 第十一代佐嘉藩主
    大正十二年松原神社南殿に奉祀
    昭和二十三年十月九日佐嘉神社に合祀
    十月十二日 例祭
    四月十二日 春祭

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・以上
    松原神社が元社ですね。龍造寺家の怨念というか怨霊を鎮めるために祭られ、しかし勝者の「見栄」で鍋島家の始祖なども祭ったのではないでしょうか。
    >佐嘉神社ができるまでは、北・中・南の三座あり、
    >明治六年、松原神社・南殿に祀られ、県社に列し、
    >その南座が独立し、中座が南になったということか。

     とあるところから、10代と11代はやはりここでも別に祭られていたようですね。そして、昭和になって佐嘉神社に別にお祭りされた・・これは手厚いというか、やはり血筋が違う(多分、背乗り?因果応報でしょうけど)と明治の乗っ取り仲間との親密性でしょうか。10代と11代はクリスチャンであった可能性は十分ありますね。何だか知りませんが、仮面かも知れませんが、明治以降のクリスチャンは神道との神話性が高いです。
    あともう一つ
     時間的には矛盾がありますが、明治神宮のミニチュア版と考えてもいいかなと思います。古川松根殉死も乃木希典の殉死と重なる流れですね。この現人神化は、発想的には唯一神系かな、と思います。ちなみに昭和の佐喜神社の神門・神殿は明治神宮に似てます。何と、佐嘉神社拝殿前の賽銭箱のお印は「菊」でした。あと、鳥居は靖国神社の鳥居のミニチュア版ぽいです。

    今は、共同通信を裏支配している未来の上天丼ミテコやその多彩なお仲間達が情報を仕切って日本国民を洗脳していますが、明治以降はそれまで周到に準備されていたこと(殉死の美化はそのいい例)がチェスの駒を動かすように使われていたんだな、と改めて思います。


    鍋島杏葉の杏葉(ぎょうよう)について・・・玄松子さんのサイトより・・
    大陸伝来の装飾的な馬具を図案化した紋。 単独ではおさまりにくいため、通常、抱き形となっている。『大要抄』には、鎌倉時代のはじめ、 観修寺家が車紋として用いたことが記されている。家紋としたのは、 閑院家と中御門家で、室町時代にはそれを用いるものが増えた。 江戸時代には、大友氏の一族のほか、旗本の十余家が家紋としている。公家では閑院家・中御門家。武家では九州の大友氏の定紋として名高い。
    ※鍋島日足
    日丸紋ともいう。日輪・太陽を形象化したもの。太陽崇拝による。由来はきわめて古く、 天照大神は日の神、天皇は日の御子とし、『古事記』『日本書紀』などには、 神武天皇をはじめ、皇室が深く日を尊んだことが散見される。日月紋は、菊花紋とともに皇室の紋章、錦旗に用いられた。

  • >スコットランドのハイランド地方を調べてましたら、19世紀初めに『土地清掃』なる活動がありました。

     19世紀前にも似たようなことがあったようです。「最後のオオカミ」(マイケル・モーパーゴ著)の後書きより要約。
     1688年の名誉革命でスチュアート朝最後の王ジェイムズ2世は,インドランド王位を取り上げられてフランスに亡命。1745年に、彼の孫のボニー・プリンス・チャーリーが王位を奪いかえそうとフランスより帰国。スコットランド北西部に上陸。熱烈な支持を受けて進軍。支持した人たちを「ジャコバイト」とよんだ。スコットランドを南下、エジンバラで大歓迎されて、更に南のイングランドへ。ダービーの少し手前(イングランド中央部)で伊岐須軍との戦いで敗退して北へ戻る。スコットランド高地人(いわゆるハイランドの住人)などのジャコバイト達の軍は、カロデン・ムアでハノーバー家のジョージ2世イギリス軍に大敗。ここでハイランドにおける大虐殺がカンバーランド公爵(別名カンバーランドの殺し屋)によって遂行。ジャコバイト、ハイランド人達の家族も含めたほとんど粛正に似た殺戮が行われた。この時に多くの人たちが米国へ逃げた。
     このときに何と「オオカミまで粛正」したようです。
     明治維新・戊辰戦争での官軍の野蛮で残虐な殺戮は多分、古くからのイギリス伝統方式(書かれている土地清掃)を真似たのだろうと思います。

    マイケル・モーパーゴは、英国の著名な児童文学者です。

    ・・・・・・・・・・
    少し時間のゆとりがあったので・・・・
    何度も失礼しました。

    • > 明治維新・戊辰戦争での官軍の野蛮で残虐な殺戮は多分、古くからのイギリス伝統方式(書かれている土地清掃)を真似たのだろうと思います。

      民族浄化や土地清掃、世界中に拡散し、日本に到達した感がありますね。
      疫病のようです。

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