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転載|小池・エジプト・北朝鮮・仏の黒い繋がり⑥フランス・ルノー

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無限拡散|フランス、ルノーと小池百合子

2013年 小池百合子がフランス、ルノーの社外取締役に

※⑤からの続きです

http://archive.is/MJGN4

仏ルノー社外取締役に自民の小池百合子氏

2013/4/17付   日本経済新聞

フランスの自動車大手ルノーが、社外取締役に小池百合子元防衛相を迎える方針であることが分かった。

同社の広報担当者が明らかにした。4月30日の株主総会で正式に就任する。任期は4年。

小池氏は自民党衆院議員で、防衛相のほか、環境相を務めた。

旧通商産業省(現在の経済産業省)出身で日産自動車副会長を務め、2009年からルノー社外取締役に就いていた伊佐山建志氏の後任となる。

 

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取締役就任3年後に、小池百合子衆議院議員はレジオン・ドヌール勲章を受章 している。

https://jp.ambafrance.org/article9767

 

 

小池と、前任者の伊佐山は30年来の付き合い

《前任者の伊佐山建志がポイント》

http://archive.is/dNl9U

在日フランス商工会議所

キーパーソン

2013年08月4日

(前半略)

サプライズ人事えっ、小池百合子がルノーの社外取締役に?

仏自動車大手ルノーの取締役会には資本提携先、日産のために社外取締役の席が二つ用意されている。

4月18日、ルノーはそのうちのひとつに小池氏を抜擢、伊佐山健志氏の後任に据えた。

「伊佐山さんとはかれこれ30年来のつきあい。経産省の高級官僚から日産の副会長に転身し、

日本経済のために大変尽力されている方」と小池氏は議員会館事務所で語る。

 

「伊佐山さんとはかれこれ30年来のつきあい。経産省の高級官僚から日産の副会長に転身し、日本経済のために大変尽力されている方」

・・・・・・・と小池は、伊佐山とは「旧知の仲」であることを告白(爆)

 

さて、伊佐山建志とは如何なる人物か

伊佐山建志

http://archive.is/isVdv

1943年生まれ、77歳 )は、日本の通産官僚、実業家。元特許庁長官。2001年より日産自動車副会長。

来歴・人物

東京大学法学部卒業後の1967年に、通産省入省。

通商・貿易畑が長いため、高島章(特許庁長官、1963年入省)、細川恒(経済産業審議官、1964年入省)、同期の中野正孝らと共に非主流派の「通産省四人組」などとマスメディアに括られ、熊谷弘通産大臣が熊野英昭次官に内藤正久産業政策局長の退任を迫り、その後も省内外を巻き込んだ人事抗争に発展した騒動の渦中にもあった(通産省4人組事件)。

通商政策局長、特許庁長官。退官後は日産自動車入社。2001年から副会長。

 

通産省4人組事件

http://archive.is/witXM

通商産業省の人事をめぐる抗争である。通産省内部の派閥抗争にとどまらず、自由民主党と新生党の代理戦争の性格もあったとされる。事件の中心に4人の官僚がいたとされ、その名がついた。

 

「通産省4人組事件」とは

この「本質」は、新生党の小沢一郎と自民党の梶山清六との「代理戦争」でした。

1992年「東京佐川急便事件」で5億円の賄賂を受け取ったとされた自民党のドンの金丸信が議員を辞職すると、竹下派内で「後継者争い」が起きて、その際に、梶山清六が小沢一郎を苛め抜いたために、小沢一郎は羽田孜らとともに、派を割って自民党も飛び出しました。(別名;一六戦争)

遺恨を持った小沢一郎が、通産大臣経験者で省内に影響力を持つ梶山清六の人脈に繋がる次期次官候補の内藤正久産業政策局長を、「反梶山派」の伊佐山ら4人と組んで、首を切ったスキャンダル事件でした。

「4人組」の中で、最も長くしぶとく生き残ったのが伊佐山建志です。

1999年まで、通産省のポストにしがみつきました。

勿論「小沢派」でしたから、小池百合子とも親しかったでしょう。

「通産省4人組事件」は1993年ですから、小池は当時41歳です。

ルノーの社外取締役に就任したのが2013年ですから、30年前というと1983年で、推定31歳、テレビ東京のワールドビジネスサテライトのキャスターをやっていたころで、伊佐山は42歳の通産省の中堅官僚でした。

小池は、その当時、伊佐山にも「枕営業」をかけていたのでしょう。

ルノーの社外取締役として自分の後任に、小池を推薦したのも伊佐山でしょうし、小池が「無報酬で引き受けた」と言うのも「嘘」でしょう。

 

《逮捕され逃亡したカルロスゴーンが悪く言わなかったのは伊佐山だけ》

逃亡したカルロス・ゴーンは、自分は「無実」であり、自分を陥れたのは、日産生え抜きの日本人役員と、経産省から天下りしてきた重役の「陰謀」だと喚いていますが、悪口を言う人物の中に伊佐山は出てきません。

日産でも「カルロス・ゴーン派」だったのでしょう。

ということは、ゴーン逮捕後に、安倍総理に釈放を求めてきたのはフランスのマクロン大統領です。

マクロン大統領は、有名な「フランス・ロスチャイルド派」なので、カルロス・ゴーン→伊佐山建志→小池百合子で、小池も「ロスチャイルド派」になるのでしょう。

「女帝 小池百合子」には、小池がルノーやフランス政府に日本の情報を流しているという「噂」が立ったとありますが、実際に「裏金と引き換え」に日本政府の情報を流していたでしょう。

それで、景気回復のめどが立たないマクロン大統領とカルロス・ゴーンが、ルノーによる日産の「吸収合併」する前に、日本政府と東京地検特捜部は、ゴーンの帰国を待って急遽逮捕したのだと思います。

安倍総理の側近の今井内閣総理補佐官は、経産官僚ですから「反安倍」の小池百合子がルノーの社外取締役に就任した時点で「警戒」して、情報を集めていたのだと思います。

 

 

小池と内田社長との縁

《カルロス・ゴーン逮捕後の日産新社長の不思議》

http://archive.is/H4kGW

日産、新体制発足から2カ月で始まった「内田社長降ろし」の内幕

ダイヤモンド編集部 浅島亮子:副編集長

特集 日産離婚 2 「消えた幹部」

2020.2.13 5:45

 

日産「ナンバー3」を引き抜いた日本電産・永守会長の絶妙なタイミング

12月1日付け トロイカ体制

内田誠・社長兼最高経営責任者(CEO)、

アシュワニ・グプタ・最高執行責任者(COO)、

関潤・副COO

の3人が新経営陣として選出され、「トロイカ体制」の発足が固まったのだった。

 

社長候補の筆頭格との呼び声が高かった関氏は、結果は「ナンバー3」だった。

日産の関潤・副COO電撃退社へ 内田社長ら「トロイカ体制」一角 - 毎日新聞

 

12月24日 関氏の移籍

関氏の日本電産への“電撃移籍”が表面化すると、日産社内は上を下への大騒ぎとなった。3人の中では唯一の生え抜きであり、日産の求心力となる存在でもあったことから社員のショックは大きかった。

関氏が辞任した最大の理由はジャンドミニク・スナール・仏ルノー会長による“関氏の排除”に嫌気が差したというものである。

 

 

小池と内田社長のエジプト時代が重なる

《日産内田誠新社長の不思議な経歴》

http://archive.is/0JwyT

日産 内田新社長、幼少期にエジプトでも過ごした帰国子女[新聞ウォッチ]

指名委員会の豊田正和委員長は、9月9日の西川社長の辞任を発表した記者会見の席上、後任の条件に「世界の自動車産業に詳しいこと」、「ルノー、三菱自動車とのアライアンスに深い理解と関心を持っていること」、さらに「リーダーシップを発揮できること」などを挙げていた。

社長兼CEOに内定した内田専務執行役員は1966年生まれの53歳、日商岩井(現双日)から2003年日産に転籍、西川社長辞任後の役員(執行役)序列としては21番目で在籍期間も短い。

だが、豊田委員長は「海外経験が豊富で、とくに子供の頃からあちこちの海外に住み、日商岩井、そのあと日産、ルノー、東風汽車有限公司と多彩な経験があり、難しい時期のリーダーとしてふさわしい」と述べた。

内田氏の人物評としては、きょうの日経が「商社出身の合理主義」との見出しで、日産幹部のコメントとして「感情が見えにくい」との声もあり「その点では西川廣人前社長に似ている」とも伝えている。

「言い得て妙」だが、内田氏は「父親が航空会社に勤めていたので海外転勤が多く、エジプトではピラミッドの見える家から学校に通っていた」という、いわゆる「帰国子女」。

それは治安の悪い中東や東南アジアなど幼少期の海外暮らしで自然と身についた「警戒心」が抜け切れていないからではないだろうか。おそらく50余年の人生の中では海外出張も含め、日本に滞在したのは半分も満たない。

 

内田誠

http://archive.is/VNa6G

1966年7月-[1])は、日本の実業家。日産自動車株式会社取締役兼代表執行役社長兼最高経営責任者。

生い立ち

父親が航空会社に勤めていたため、小学1-5年までをエジプトのカイロで過ごす。その後、中学2年から高校2年までをマレーシアで過ごし、帰国後は同志社国際高校に進学する(帰国子女を受け入れていたため)[2]。1991年3月、同志社大学神学部 を卒業[1]

 

極めて情報の少ない人物です。

・役員の序列21位からの、「20人抜き」の社長人事と言うのは世界の大企業で聞いたことがありません。

・中途入社組で、前職の日商岩井は「総合商社」の中でも下位で、最後は倒産しそうでした。

 

《小池百合子と「人生が重なる」不気味さ》

小学校1年~5年まで、エジプトのカイロにいたということは、この人の生まれ年から言うと1973年~1978年の期間にエジプトのカイロにいたことになります。

小池百合子がカイロにいたのが、1972年~1976年です。

この二人は、年こそ違え、1973年~1976年の3年間、「カイロの日本人コミュニティ―」にいたことになります。

小池はカイロ時代は、学校にに通わず、JALの現地採用社員の時期も有ったと書かれています。

1970年代の日本の大手航空会社では、日本航空が国際線、全日空が国内線と言う「棲み分け」が有りました。

カイロ時代の小池はアルバイトをかけ持ちし、現地の日本駐在員の小学生の家庭教師のバイトもやっていたと「告発者の同居女性」が言っています。

卒業した大学が、同志社大学神学部と言うのも極めてユニークです。

「外務省のラスプーチン」と言われた「対ロ情報分析官(スパイ)」の佐藤優の後輩です。

 

部下の人物評

「感情が見えにくい」・・・・これは工作員(スパイ)の共通点です。

フランス・ルノー=ロスチャイルドから送り込まれたスパイでしょうか?

興味は尽きません。

 

※続きます。

転載|小池・エジプト・北朝鮮・仏の黒い繋がり⑦政治家ではなく諜報員

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