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【皇室】宮内庁長官・8代目・9代目・新次官(次期長官)

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2016年09月17日

本日もお越しいただきありがとうございます。

8代目の風岡長官(創価系)が退任し、次長の山本氏が長官に就任。

宮内庁長官に次長の山本信一郎氏が就任へ 

次長に西村泰彦元警視総監 

http://www.sankei.com/life/news/160915/lif1609150021-n1.html

宮内庁の風岡典之長官(70)が退任し、後任に次長の山本信一郎氏(66)が就任する人事が固まったことが15日、分かった。山本次長の後任には、内閣危機管理監の西村泰彦氏(61)が充てられる見通し。近く閣議で正式決定する。

山本氏は京都大卒で、昭和48年に自治省(現総務省)に入省。内閣府事務次官、消防試験研究センター理事長などを経て、平成24年6月に次長に就任した。

西村氏は東京大卒。警察庁警備局長や警視総監などを経て、26年2月から内閣危機管理監。

風岡氏は17年4月に宮内庁次長、24年6月から長官を務めた。

天皇、皇后両陛下のパラオ、フィリピンでの戦没者ご慰霊を実現させ、「生前退位」の意向を強くにじませた天皇陛下のお気持ちご表明にも対応した。

宮内庁長官は70歳の節目で勇退するのが慣例。

(ここまで)

 

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9代目宮内庁長官 山本信一郎さん

・「生前退位?ねーよ」

・自治省→総務省→内閣府

山本信一郎 – Wikipedia

福井県今立郡池田町出身[1]。

1973年京都大学法学部卒、同年自治省入省。

2008年7月から2009年7月まで内閣府事務次官を務めた。

天皇陛下の生前退位について、「報道されたような事実は一切ない」「その大前提となる(天皇陛下の)お気持ちがないわけだから、検討していません」と述べたが、8月8日、天皇陛下自身によるお言葉で天皇陛下は生前退位について言及された。

経歴

1973年 自治省入省
1991年  岡山県総務部長
1993年4月1日  自治大臣官房情報管理室長
1993年9月20日 自治省行政局選挙部管理課長
1998年1月6日  自治省行政局選挙部選挙課長
1999年8月14日 自治省行政局行政課長
2000年5年24日 自治大臣官房審議官(選挙担当)
2001年1月6日   総務省大臣官房審議官(選挙担当)
2001年7月3日   総務省大臣官房審議官(地方行政・地方公務員制度、選挙担当)
2001年8月1日   内閣府大臣官房審議官(沖縄担当)
2003年1月17日  内閣府政策統括官(総合企画調整担当)
2004年4月     内閣府政策統括官(共生社会政策担当)
2005年9月1日   内閣府大臣官房長
2008年7月1日   内閣府事務次官
2009年7月7日   退官
2012年6月1日   宮内庁次長

(ここまで)

 

「山本信一郎」「創価」でググったけど反応しなかった(笑)

気になるのは、内閣府でフェミニズム行政の中核をになってきた、という記載があるくらいかな。

そして、順当にいけば、次の宮内庁長官は次官さんなんだけど、新しい次官さんは警察関係のキャリアの方みたいね。

いつもの、外務省・小和田・創価・同和・朝鮮がらみとは、無関係の方かしら。そうだといいけど。

 

宮内庁次官 西村泰彦さん

・三重県立伊勢高等学校、東京大学法学部卒業

・元警視総監→内閣危機管理監

西村泰彦 – Wikipedia

西村 泰彦(にしむら やすひこ、1955年6月29日 – )は、日本の警察官僚。

第90代警視総監、第19代内閣危機管理監。三重県鳥羽市出身

学歴
三重県立伊勢高等学校、東京大学法学部卒業。
略歴
1979年 – 警察庁入庁、警視庁上野警察署
1980年 – 警察大学校助教授
1981年 – 警察庁警務局人事課
1983年 – 長崎県警察本部刑事部捜査二課長
1984年 – 警視庁公安部外事第一課
1985年 – 警察庁刑事局捜査二課
1987年 – 兵庫県警察本部刑事部捜査二課長
1988年 – 警察庁警備局外事課
1989年 – 在フィリピン日本国大使館一等書記官
1992年 – 警察庁刑事局国際刑事課理事官
1993年 – 警視庁総務部広報課長
1994年 – 警視庁警備部警備第一課長
1996年 – 警察庁長官官房人事課企画官
1998年 – 警視庁警務部参事官兼人事第一課長
1999年 – 沖縄県警察本部長
2000年 – 沖縄県警本部長として第26回主要国首脳会議(九州・沖縄サミット)の警備を指揮
2001年 – 警察庁警備局警備課長
2003年 – 警察庁長官官房会計課長
2006年4月14日 – 警視庁警備部長
2008年8月7日 – 警察大学校副校長兼長官官房審議官=刑事局・取調べ適正化担当
2010年1月18日 – 警察庁警備局長
2013年1月25日 – 警視総監
2014年1月22日 – 退官
2014年2月28日 – 内閣危機管理監

(ここまで)

 

経歴を見る限りは統率力があって、かつ仕事ができそうな感じ?

悠仁さまの警護の強化を期待したいな。

そして、愛子天皇擁立派がクーデターを強行した場合、すみやかに国賊を拘束していただきたいの。

さらには、正田美智子に化けて御所に住み着いている、正体不明の複数の老婆たちも、愛子様になりすまし女性天皇になろうとしている「影子」とその親たちも、なんとかしてほしいのヨ。

 

今度、退任する長官。 評判は最悪だった方。

8代目宮内庁長官  風岡典之さん

・創価学会

・佐渡島へ渡ってきた朝鮮人の子孫

・天皇夫妻のパラオ、フィリピン慰問を実現

・発言「天皇陛下は、昨年から生前退位のお気持ちがあった」

・ノーパンしゃぶしゃぶ官僚

風岡典之 – Wikipedia

経歴
1968年(昭和43年)9月12日 – 国家公務員採用上級甲種試験(区分:法律)合格
1969年(昭和44年)
3月 – 東京教育大学(現:筑波大学)文学部卒業[2] 4月 – 建設省入省[3] 1985年(昭和60年)7月10日 – 建設大臣官房会計課企画官
1986年(昭和61年)6月17日 – 国土庁長官官房総務課広報室長
1987年(昭和62年)7月15日 – 建設大臣官房地方厚生課長
1989年(平成元年)6月16日 – 建設大臣官房調査官
1991年(平成3年)6月14日 – 建設省建設経済局建設業課長
1993年(平成5年)7月2日 – 建設省道路局道路総務課長
1994年(平成6年)
7月1日 – 建設大臣官房政策課長
10月1日 – 建設大臣官房福祉環境推進室長兼務
1995年(平成7年)6月21日 – 建設大臣官房会計課長
1996年(平成8年)7月2日 – 建設大臣官房審議官
1998年(平成10年)
6月23日 – 建設省住宅局住宅整備課長兼務
7月1日 – 同兼務解除
1999年(平成11年)7月13日 – 建設省建設経済局長
2001年(平成13年)
1月6日 – 国土交通省総合政策局長
7月6日 – 国土交通省大臣官房長
2002年(平成14年)7月16日 – 国土交通審議官
2003年(平成15年)7月18日 – 国土交通事務次官
2004年(平成16年)7月1日 – 辞職
2005年(平成17年)4月1日 – 宮内庁次長[4] 2012年(平成24年)6月1日 – 宮内庁長官[5]

 

※転載させていただいてます。

平成20年3月30日投稿

宮内庁次長に就任時、霞が関の一心あるキャリア官僚からの匿名で内部告発記事。
風岡典之宮内庁次長と公明党・創価学会
( 平成20年03月30日 )

投稿者: 霞が関勤務者
論壇編集部様

私はある中央官庁の課長の職にある者ですが、最近国土交通省勤務の友人から由々しきことを聞きました。 本来ならば陛下に直接申し上げたいくらいですが、是非とも論談関係者に知っておいていただきたいと思う次第です。

それは、羽毛田長官ともども 「 のーぱんしゃぶしゃぶ官僚 」 として有名な風岡典之宮内庁次長と坂根東宮侍従に関することです。

これは友人の目撃談ですが、風岡次長が国土交通省の事務次官であったとき、友人がたまたま当時の北側大臣 ( 現公明党幹事長 ) に説明することがあり大臣室に行ったところ、何と風岡次官と北側大臣が風岡次官の宮内庁次長就任が内定したと言って、「 歓声を上げ抱き合っており 」、驚いたそうです。 異様な光景ではないでしょうか。

風岡次長については、かつて週刊現代が隠れ創価学会員と報じたことがありますが、この目撃談は、風岡次長の疑惑に関する重要な傍証ではないでしょうか。

また、坂根東宮侍従は、建設省61年入省で、今まで若い年次で旧建設省から東宮侍従に出向した者は皆無であったのに、前例を破って東宮侍従に就任した人物ですが、風岡次長と以前から非常に親しいそうですから、やはり隠れ創価学会員であるか少なくとも風岡の意を受けた東宮工作員である可能性が大です。

また、風岡 ( 旧建設省出身 ) の宮内庁次長就任は、旧自治省、旧厚生省又は旧警察庁出身者に限るという慣例を破るものでしたが、この人事は、当時の北側大臣との喜びようから見て、創価学会の対皇室戦略 ( 侵略作戦 ) ではないでしょうか。

なお、風岡については、明治以降に半島から佐渡ヶ島にやってきた朝鮮人の血筋で、そのために統一教会とも関係があるという噂も聞きます。 また、羽毛田長官は同和出身と言われております。

陛下、皇太子殿下に近侍する要職にこのような胡散臭い連中がいるのは由々しきことです。 それもNo.1、No.2なのですから。

そのような品性劣悪な 「 のーぱんしゃぶしゃぶ 」 長官が恐れ多くも皇太子殿下を叱り飛ばし、風岡と2人で女系天皇を実現しようと企んでいるのです。 皇室はまさに危機に瀕しています。 保守本流の人たちが立ち上がるべきです。

なお、身の安全上匿名にすることをお許し願いたいと思います。 内容に嘘偽りはございません。 一度、警察の公安関係者が出自をはじめとして徹底した身辺調査をすることを望みます。

 

現役の宮内庁長官を斬るには、確たるソースが必要だと思い、今回は引用を多くしました。引用が多くを語ってくれています。ポイントをまとめると
① 風岡氏は、中央官庁のキャリアでは、絶対に出世できない東京教育大学文学部の出身であり、周囲から見て格段の能力があるとは評価されなかったにもかかわらず、異常な出世を遂げて国土交通省の事務次官まで上り詰めた。

② 折しも、自公連立政権で、国土交通大臣は、一貫して公明党の議員が大臣ポストに就任していた。

③ 宮内庁次長(宮内庁長官へのお約束のポスト)は元来、旧内務省系の、警察官僚か、厚労省のキャリアが最も適任と言われていたポストで国交省の旧建設省キャリアには仕事柄向いていないと言われたポストです。

④ 前任者の羽毛田長官ともども【女性天皇】【女系天皇】の支持者です。悠仁親王誕生後もこの考えは変わらず、従って、雅子age秋篠宮家&紀子妃sageが本音であり、実際に様々な工作を行っている。

⑤ この男を排除しなければ、今上天皇亡き後、知的障碍者の天皇、朝鮮人の皇后という日本人にとっての悪夢が実現する。それでは、風岡の命式を見ていきましょう。

(以上)

 

こんな穢れた異教徒が、天皇陛下の代理で祭祀とかしてたのよ。

昨今、天災が激しいのは、そのせいなのではないのかしら。

何一つ宮内庁長官に相応しい所のない人物が退任したのね。退任ですって。よかった。

画像が重いので別けます。

続きます。

 

雰囲気が似ている画像

めっちゃ似ている。どうしよう。

 

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