南米バリローチェとナチス亡命者たち
裏政府カバールの崩壊1~10 字幕《TRUTH SEEKERS》から転載させていただいてます。
「第二次世界大戦の前でも、アレクサンダーの祖父は、アルゼンチンのソレギエタ家を何度も訪問していました。両家とも休暇用の別荘をアルゼンチンのバリローチェに所有しています。ほとんどがドイツからの観光客や現地人が住むスキーの街です」

「バリローチェは実はナチスのたまり場で、ペーパークリップ作戦の時、ナチス親衛隊や科学者が多く訪れました」

「ナチスの指導者たちは、ニュレンベルグ裁判で、みな有罪判決を受けたと学校で習い正義はなされたと習ったのです。でも死刑になったのは10人で7人が刑務所に入れられただけでした。それだけです。
大々的に行われたニュレンベルグ裁判で17人だけですか?
ふさわしい処罰がなされたと思いますか?」
「彼らのは様々な知識があったため多くの人はNATOやNASAで歓迎されました。皆、歓迎されたのです。アメリカに行かなかったナチス親衛隊や科学者の多くは、南米に行きました。アルゼンチンは人気があり、特に人気がないパタゴニア地方が彼らに好まれました。戦後にナチスを探す目から逃れるためです。バリローチェもそのような場所でした。
有名なナチ党員エリック・プリブカは1994年に335人のイタリア人の男性と少年たちの殺害を指示し、実行した人です」

「ラインハルト・コップスはナチ党員でラインハルト・コップスはナチ党員で戦後に多くにナチスがアルゼンチンに逃亡するのを助けました」

「死の天使といわれたヨーゼフ・メンゲレ。アウシュビッツで恐ろしい人体実験を子供たちにしました。アドルフ・アイヒマン。ホロコーストを統括した一人です。
これらの人たちがみな、バリローチェに住んでいました。。後に、オランダ王家とソレギエタ家のお気に入りのスキー場になります」