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【皇室】日本人に厳しくカトリックに優しい、いつもの皇室

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本日もお越しいただきありがとうございます。

定点観測として、、、

2018年04月 産経皇室ウィークリー

学内には「美智子さまホール」も

天皇、皇后両陛下は12日、国際文化会館(東京都港区)を訪れ、スペイン・サラマンカ大の創立800周年記念レセプションに臨席された。駐日スペイン大使との歓談の場では昨年4月に国王フェリペ6世夫妻が来日した際の思い出話になり、皇后さまは「お楽しみになったでしょうか」と語りかけられていた。

サラマンカ大はスペイン最古の大学で、両陛下は昭和60年と平成6年の同国訪問時にご見学。これを機に学内に「日西文化センター」が設置され、市民向けの日本語講座が開かれるなど両国間の文化交流に貢献してきた。センター内のホールは、皇后さまの名前から「美智子さまホール」と命名されたという。

皇后さまは、生前交流のあったオルガン製作者の辻宏さんからサラマンカ大近くの大聖堂にあるパイプオルガンを修復したいとの希望を聞き、側面から支援された。修復が実現した後の6年の訪問時には、陛下とともにオルガンの音色に耳を傾けられた。

今年は日西文化センターに日本語講師を派遣するなどして支援する「日本サラマンカ大学友の会」設立20周年でもあり、レセプションでは、陛下が同会関係者に「おめでとう」と祝意を伝えられた。

両陛下は13日、同大のリカルド・リベロ・オルテガ総長らと皇居・御所で再度ご懇談。その後、25年6月に同大を訪れた皇太子さまも東宮御所で総長らと面会された

以上

 

ふーん。明仁天皇ホールではなく、美智子様ホールなのね。

まるで美智子の即位式のような写真。

 

「皇后さまは、生前交流のあったオルガン製作者の辻宏さんからサラマンカ大近くの大聖堂にあるパイプオルガンを修復したいとの希望を聞き、側面から支援された」

 

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過去記事の転載ですが、、。

関東大震災と皇室

大正天皇と貞明さん。写真のようにリアルに仕上がっていますが、二つとも肖像画だと思うんですけどね。輪郭線がありますから。

関東大震災に関する皇室の寄付援助

・国庫から支出される皇室費は年450万円の時代に、御内帑金(天皇のお手元金)が一千万円、下賜。

・社会事業、司法保護事業、盲唖教育事業に関わる諸団体に対して、応急資金3万9千余円が前後2回にわたって下賜されました。

・皇室財政は裕福といえるものではなく、被災者救済のための御内帑金1千万円は株式の一部を売却して捻出。

※皇室掲示板より

「無題 Name 名無し 16/04/21(木)21:19 id:xJrq6N2. No.1609189

また先述したように、御内帑金1千万円が下賜されたほか、皇太子の御成婚予算の大部分が罹災社会事業の奨励下賜金に流用されました。

救恤金は閣議を経て、内外人を問わず、死亡者・行方不明者は1人16円、
全焼住宅は1世帯12円というように、各被災者・罹災世帯に配分されました。

さらに、社会事業、司法保護事業、盲唖教育事業に関わる諸団体に対して、
応急資金3万9千余円が前後2回にわたって下賜されました。」

(以上)

 

しかし、天皇家は、戦前から皇室の支給される経費とは別に途方もない財産を所有しており、戦争時には材木のたくわえでかなり利益をえたとか、なんとかかんとか。

『日本のいちばん醜い日』 鬼塚英明

P441

シーグレ―ヴ夫妻の「ヤマト・ダイナスティ」の中に次のような一説がある。

裕仁は1944年に材木のたくわえで大儲けしたはずだが、御料林の価値も御料地の値上がり分を含んでいなかった。天皇家は日本一の大地主で、ほとんどは徳川幕府が崩壊した時に天皇家に直接もたらされた(明治維新後に獲得したものがほとんどである:引用者注)。

まさしく当時にお日本の大地主であったのだ。もちろん、ヒロヒトの自己申告の中には、本土や海外の隠匿された財宝は含まれていない。SCAPの審査官が、おの検査をパスさせたのであるのだが、彼は不機嫌そうに記したのだ。「正確さという面では、この部門は問題外とされた」

占領が終わり、日本人の専門家が天王家の財産を再計算した。その中には皇居や御用邸の不動産、工芸美術品などは計算外としたが、それでも660億円を超えていた。

転載以上

 

当時の天皇家は莫大な山林なんかも所有していていたとおもわれますが、関東大震災でも利を得たのでしょうか。

 

館林の正田家とフロジャック神父と昭和天皇

正田家とかかわり深かったカトリック団体には、御用地などを払い下げてますね。

・木下道雄は侍従次長を辞めた後、敬虔なカトリック信徒になっていた。洗礼を与えたのはヨゼフ・フロジャック神父である。

・フロジャック神父と館林の正田家とはつながりが深い。

・一九二七(昭和二)年、東京関口教会で美智子皇后の祖母である正田きぬはフロジャック神父の手から洗礼を受けて敬虔なカトリック信徒になっていた。

・きぬと美智子皇后の祖父・正田貞一郎(日清製粉創業者)、それに叔母・正田郁子の告別式はいずれも 千代田区 麹町の聖イグナチオ教会で営まれた。

・美智子の母の正田登美子も聖路加国際病院で臨終洗礼を受け、妹の安西恵美子も洗礼を受けている(『美智子皇后と雅子妃』福田和也、文藝春秋他参照)。

・フロジャック神父「美智子さんは最高の作品」「美智子さんも大変だろうね、わたしも天国で祈っているよ、美智子さんによろしくね」

・フランス人神父のフロジャック神父は、一九〇九(明治四二)年に来日、戦前から乳児院、結核療養施設、診療所などを建てて社会事業に貢献していた。

・元侍従次長の木下が、宮内省総務課長時代、陛下からの推奨金推薦先として財団法人慈生会の前身にあたる「ベタニアの家」の名前があがった。

・木下の記憶によれば、三二(昭和七)年の暮れにフロジャック神父を訪れ、結果、推奨金五千円が与えられることになる。

・木下が侍従次長時代の四五(昭和二十)年十一月二五日、この日の夜にフロジャック神父は木下宅を訪れ、戦災の傷跡残る上野駅周辺の浮浪者救済のための診療施設開設と関東に酪農を主体とするトラピスト施設の必要性を説いた。木下の日記にも「共に予の共鳴する所なり。考慮を約す」とある。

※フロジャックの施設を慰問する昭和天皇。

・木下は早速その翌日の宮内省事務調査会でフロジャック提案を披露して、宮内省の協力を取り付けた。
・木下退官直後の四六(昭和二一)年七月には木下の斡旋で那須御料地約三百町歩が貸し下げられることが決まる。

・フロジャック神父は貸し下げられた川西御料地六〇町歩を「聖ヨゼフの山」、奥まった道上下の御料地を「聖マリアの山」と名づけて、早速開墾が開始。

・引揚者、復員兵の受け入れを始める。この地には那須診療所、林間学校宿舎、精神薄弱児のための光星学園(現マ・メゾン光星)などが次々とつくられていく。

・木下によれば、フロジャック提案を昭和天皇に話したところ、昭和天皇より「助けてあげなさい」と言われた。

・それがきっかけで林野庁との話し合いもつき、貸し下げることになり、成績によってはこれを払い下げることまで決まったとしている。

詳細はこちらから

 

日本人に厳しく、カトリックに優しい、いつもの皇室

同じ時期、神道系の新興宗教の大本教の弾圧がおこってるんですね。

大本教 出口王仁三郎、道名・尋仁(ヒロヒトとも読めます)、有栖川宮の落胤だったといわれています。

※左:有栖川宮、※中と右:王仁三郎

管理人は、真性のヒロヒト天皇だったと思っています。

第二次大本弾圧

総本山はダイナマイトで破壊され、2代目教祖の澄と、教団の事実上のトップである婿の聖師・出口王仁三郎、娘婿で霊能者だった出口日出麿をはじめとする幹部が逮捕され服役することになります。日出麿は拷問の末に発狂しました。

・『霊界物語』などの諸著は安寧秩序紊乱との理由づけで発売頒布禁止処分。

・綾部・亀岡の町議会に要請し、合計5万坪・時価80万円の土地を6000円で王仁三郎・すみ夫妻から強制的に買収。

・1ヶ月間延べ6785人を捜査に従事させ、9934人が破壊作業に従事、64点・240余棟の建造物を破却(個人財産を含む)、

・さらに、解体費用約3万円を大本側に請求。

・また王仁三郎一家の個人資産、教団の備品、土地といった財産も安価で競売にかけて処。

・石碑や信者の墓石に至るまで、大本の称号を削り落としている。海

・外の拠点でも幹部の検挙や施設破却が行われた。

・開祖・出口なおの墓に至っては柩を共同墓地に移し「衆人に頭を踏まさねば成仏できぬ大罪人、極悪人なり」として、腹部付近に墓標を立てている。

・日本政府は、もはや人間の礼節すら配慮する余裕を失っていたと指摘される。

・第2次大本事件では、当局の「地上から大本を抹殺する」という方針の元、裁判の判決もおりる前から、教団の施設を全て破壊し(破壊費用まで大本に負担させた)、

・無実の大本幹部や信徒を拷問により16人も死に追いやった。

・無罪確定後に大本の弁護団は国家に対して賠償請求するべきであると、王仁三郎に進言した。

・しかし、王仁三郎は、国民の血税に負うことは忍びないとして、戦後の混乱と国民の困窮を思ってそれ以上の追求をせず、当時価格数億円の損害賠償請求権を放棄した。

・1946年 裕仁天皇が人間宣言。

・1952年 道名「尋仁」をもつ王仁三郎が死去。

今も昔も、「日本人に厳しく、カトリックに優しい皇室」でした。

 

阪神大震災と平成皇室

「美智子様のご慈愛」御所に生えてた野生の水仙を数本をささげる

「皇后」美智子夫人が、御所に自生する水仙を17本、御自らお摘みになり献花される。

自生してた水仙17本。

それだけ。

しかも、水仙をささげた場所は在日朝鮮人の町、

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コメント欄より

いつも、記事をありがとうございます。
掲示板で、水仙の花を手向けた場所についての、内容を見つけました。

>無題 Name 名無し
このスイセンを手向けた場所ご存知?
周辺一帯は在日が大勢住んでいた地区です。
この菅原通は長田区役所襲撃事件のあった区役所のすぐ近く。
〇〇青年同盟の事務所もすぐ近く。
他にも犠牲者が出た場所はたくさんあったのに、わざわざここ。

これは同胞にのみ、追悼してると言うことなんでしょうか。
17本というのも、震災が起こった日の17日にちなんでの本数ってことなのかと今気づきました。
17本の意味がわかって、あの日の、計算されつくした、自己満足な演出に嫌悪感が増します。

ベターニア様が書かれている、「アテクシは大丈夫」の話といい、最初に呆然とするあの間といい、全てが芝居じみてて、ご慈愛ミッチーPRの場所に使われたんだなと思いました。
災害だらけの平成が終わり、秋篠宮様の代になることだけを願います。
平成は、全てを崩壊させる時代でした。

(以上です)

 

東北大震災と「美智子様」

古本を贈った相手はカトリック仲間、市役所でも図書館でもない

「皇后」美智子夫人が古本を14冊寄付、しかも震災とは関係のないキリスト系の施設へ

・『おおきなかぶ』
・『白いお姫さま』
・『スーホの白い馬』
・『くるみ割り人形』
・『新美南吉全集』1~4
・『ガラスのうさぎ』
・『ともしびをかかげて』
・『三月ひなのつき』
・『しんせつなともだち』
・『でんでんむしのかなしみ』
・『龍の子太郎』
・『わたしとあそんで』
・『わすれられないおくりもの』
・『しずかに!ここはどうぶつのとしょかんです』

古本14冊、これだけ。

コメント欄より

私も震災での美智子の偽善に腹が立っている一人です。

絵本を送った相手は、被災地の市役所でも図書館でもない、同じカトリック仲間の活動に対してです。これって、ようは仲間内のお話ってこと。それを美談に仕立てて、本当に偽善者だと思います。

水仙の訪問の動画をyoutubeで見たことがあります。

体育館内を回っているときに、誰かが「美智子様、お体大丈夫ですか」というニュアンスの声があり、それに対して「アテクシは大丈夫」と美智子が振り向き言うんです。

人が大勢いる広い体育館で、こんな映像と音声は事前に準備、打合せでもしてないと絶対撮れない、ヤラセだと確信しました。

また、この訪問で着る服のオーダーを受けた当時のお抱えデザーナーの雑誌インタビューに、体育館で子どもを抱きしめたとき温もりが伝わるようにと美智子からの注文で、最高級のウールで服をつくったとありましたよね。 被災地を自己PRの場所に思っている証拠です。

(以上)

 

ありがとうございました。

戦中は大本営報道がつづき、「大勝利」ばかり報じて国民をだましていました。

北朝鮮なみの金一族信仰に匹敵する「ご慈愛」「国民とともに」「聖女美智子様伝説」皇室報道もにたようなものでしょう。

天皇皇后をはじめ、皇室皇族が国民を裏切ってるっていうのがね、、、。

哀しいことですが、現実を見る必要があると思います。

皇族の現実が知れ割ったった時のショックは、敗戦と同じインパクトを持つかもしれません。

旧宮家の復帰による正統な皇統への移行という手段がのこされていますし、越えていかねばならないのだと思います。

 

ちょうだい、ちょうだい、ちょうだい

hungry dog GIF by The BarkPost

 

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2 件のコメント

  • でれでれ草さま

    「上皇后」という新たに創作された称号に関して、どの様に思われますか?
    正式な手順で皇后になっていないから、創作するしかなかったのでしょうか?

    以下、ウィキペディアより抜粋

    天皇の退位等に関する皇室典範特例法において、今上天皇は退位後、「上皇」となることが定められているが、併せて、その后の称号は「上皇后」となるものとされている。具体的には、今上天皇の皇后である美智子が上皇后となることが想定されている。「上皇」は(本来は「太上天皇」の略称であるとはいえ)歴史的に長く用いられてきた表現であるのに対し、「上皇后」は日本史上一度も使われたことのない、全く新たな称号である。

    • なぜ、皇太后ではいけないのかが、意味不明ですね。
      皇太后だと序列は皇后の下に位置するので、それが嫌だったのかもしれませんね。

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