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高円宮家|絢子さん|まとめ・4人体制でいくのだろうか(後)

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続きです。

「絢子」ビジネス

元皇族女性の看板、三菱、日本郵船、フランスとかかわり深い寺田倉庫、NPO、

フランス・リヨンにある何か、カナダ大使館、中国系秘密結社、、、

さらには、絢子さんの父憲仁親王の長姉が近衛氏に嫁いでいます。赤十字の重鎮です。赤十字は、義援金の横領が疑われていますが、名誉総裁の皇后、皇族女性や、公家の家系であることと、妻が元皇族だった近衛氏の「菊の権威」で放置されています。

 

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赤十字の正体

「あの国際赤十字のシステムは、戦傷者をすくうためではない。国際金融同盟の連中が、商売(=戦争)をスムーズに長きにわたって続けるために作られたものである」

『日本の本当の黒幕』 鬼塚英昭

 

アメリカは公式には日本の石油の輸出を禁止した。しかし、アメリカ国籍の船、または日本国籍の船によるものが禁止されただけであった。あの太平洋戦争中も密ルートでアメリカの石油、重要な原料(タングステン、四塩化エチル等)が日本に送られた。

これが戦争の本当の姿なのだ。昭和天皇はこのからくりを知っていたが、近衛首相や木戸幸一内大臣に秘密にしていた。

あの国際赤十字のシステムは、戦傷者をすくうためではない。国際金融同盟の連中が、商売(=戦争)をスムーズに長きにわたって続けるために作られたものである。

太平洋の委任統治諸島でひそかに石油や重要物資が日本の赤十字の船に写される。この船は攻撃できないという国際条約ができているので、安心して石油や重要物資を日本は購入できた。

では、あの大戦中、その莫大な支払代金はどうしたのか、という問題が出てくる。この代金の主なものは、アジア支配の途中で略奪した、金、銀、プラチナなどの貴金属である。その一部は日本に持ち帰り(赤十字のマークを付けた船で)、マルフクという金貨に鋳造する。これを現地に送り、食料など必要物資の現地での購入に充てる。残りの金塊や宝石類は、スイスの国際決済銀行(BIS)に送る。

ここで貴金属をドルまたはスイス・フランにし、迂回経路で必要物資の支払いにあてる。のこったドルやスイスフランは、国際決済銀行か、同一系統のスイス国立銀行の秘密口座に入っていく。

かくて、戦争が長引けば長引くほどに天皇一族と、秘密裏に天皇一族を支えた財閥の資産は天文学的に増えていった。

転載以上

敗戦前、天皇家は敗戦をみこして資産隠し、それに協力したのが赤十字。秘密裏に秘密口座への送金が完了。

『日本のいちばん醜い日』 鬼塚英明

それはスイスの赤十字国際委員会とイギリスの外務省との間で、昭和21年8月から昭和23年9月にかけて交わされた一連の外交文書である。

(Fo369 /3969,Fo369/3970)

これらの文書によると、昭和20年の4月に、日本の皇后が赤十字国際委員会に1千万円スイスフランの寄付を申し出たというのである。

※日本の降伏は昭和20年08月。

一千万スイスフランといえば、現在のレートで換金しても約7億円近い金額である。まして、当時のレートで換算したら、莫大な金額だったはずである。

まず興味深いのは、4月の時点で、すでにこの寄付の申し出がなされたことである。

これは、日本の敗戦を予測して、皇室の財産を処分しておこうとする動きではなかったかという見方ができる。

それ以外にこんな莫大な金額を寄付する理由は考えられないというのが、スイス側はイギリス側の見解だ。

日本が1945年8月の終戦直前、スイスの赤十字委員会(ICRC)に対し、昭和天皇の皇后明で1千万スイスフランの巨額寄付を提示。

連合国の対日政策決定機関である極東委員会が禁止決定をだしたものの、赤十字がこれを覆して戦後の49年、秘密裏に送金が実行された経緯が13日、スイス政府やICRCの公文書でわかった。

寄付は横浜正金銀行(旧東京銀行の前身)がスイス国立銀行に保有し「日本の秘密口座」と呼ばれた「特別勘定」か拠出された。日本が皇后名の寄付を申し出た事実は英公文書で確認されているが、その動機は不明。公文書は米英両国にスイス、ICRCを巻き込んだ送金実行までの4年間にわたる「攻防」の詳細を明らかにしている。一千万フランは現在のレートで7億円、当時と現在のスイスフランの購買力を単純に比較すると約33億円に上る。

 

その金は、いかなる政府の干渉も受けないという超法規条項を持ちえた。それでほとんどが無事であった。

続きです。

工藤美恵子の『香淳皇后』の内容を補足する記事となっている。

この後に驚くべきことが書かれている。

東郷茂徳は原爆が投下された翌日に、赤十字の駐日代表に一千万スイスフランの寄付決定を伝達する。駐日代表は9日、受諾すると答えたが、通信事情が悪く、ジュネーブの赤十字本部に伝えたのは終戦直後の8月17日となった。

その前日の16日、米英はスイス政府と合意し、スイス国内の日本資産を凍結していた。

それでは、結果はどうなったのか。

天皇の資産のほどんどは国際決済銀行の秘密口座を通じて運用された。

その金は、いかなる政府の干渉も受けないという超法規条項を持ちえた。それでほとんどが無事であった。

天皇はスイス国立銀行(ほとんどの役員が国際決済銀行の役員)に「特別勘定口座」をつくり、国際的な商取引をしていた。

公的な2口座と天皇名と皇后名の2口座が確認されているが、ほかにもある可能性がある。

転載以上

※赤十字の闇

 

元皇族女性の看板がもたらす治外法権、三菱、日本郵船、フランスとかかわり深い寺田倉庫、NPO、フランス・リヨンにある何か、カナダ大使館、中国系秘密結社、そして、赤十字、、、、

これだけあれば、子供、人、不法移民、工作員、モノ、金、臓器、プルトニウム、盗品、脱税、金塊、麻薬、武器、、、何でも隠せるし運べますね。このビジネスから生まれる利益に比べれば、絢子さんの持参金1億数千万なんて、微々たるものでしょう。

とくに、三菱は強烈ですね。

なんせ、維新以後、日本国民に、御真影として三菱の創立者、岩崎弥太郎の肖像画をまくばり、朝夕、榊を供えて拝ませてたんですから。

 

岩崎弥太郎を祭り拝んでいた明治国民

何故、明治天皇の御真影が、三菱の創立者の岩崎弥太郎なのか不思議でしたが、「ある人たち」から、日本の真の支配者であり所有者として認定され、援助をうけていたのなら納得できます。

日本人は滑稽なことに、明治天皇ではなく、岩崎弥太郎を神棚にまつり榊をそなえて、日夜拝んでいたのです。

維新後、「何か」の後押しにより、階級革命・明治維新を成し遂げ、その後、「何か」によって、植民地「日本」の提督に任命されたのが、だれかがわかります。

皇族女性(三笠宮崇仁親王の次女・絢子さんの父の姉)が降嫁されたため、マルサの追及を逃れた前例があります。

明治維新以来の天皇家や財閥などの支配層たちは、戦争や恐慌があるたびに、資産を海外に隠し続けてきました。

今度も「元皇族女性・守谷絢子」を看板にして、何かを始めるのでしょう。たぶん。

 

http://world-fusigi.net/archives/9227265.html

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6 件のコメント

  • 宮内庁HP内をいろいろ見ていると職員採用実績があるのですが、採用人数が変なんですよね。
    選考を経ずに採用されている割合が多いような気がします。

  • 明治神宮での守屋さんのモーニングスーツですが、第一印象で違和感を感じました。
    ズボンの丈も短かすぎるし、ズボンの幅も狭すぎます。
    主人も息子もスポーツをやっていた関係で既製服が合わず、スーツは全部オーダーしていますが、礼服は流行に左右されないのとフォーマル感を出すため上着も少し長めに、ズボンもオーソドックスな幅で作るのが普通です。
    今、若い人のビジネススーツは上着の丈も短めでズボンも短め・細めでパツパツなのが流行っていますが、そういう普通のスーツと変わらないサイズ感なので、主役のくせに一人だけ妙にカジュアルな印象です。
    オーダーで作ったらこの仕立てはあり得ないと思います。(プロが勧めません。20代の息子の礼服を作った時でもそうでしたから。)
    やはり衣装は自費で、お金がなくて、レンタル?でしょうか?
    それとも劇団SKの衣装?でしょうか?

  • でれでれ草さま

    ちょっとオカルトな話なのですが、以前夢の中で、とても権威のある方にお近づきになるとか、そういうシーンを見たのですが、「三菱さま」と夢の中で誰かが言うのです。
    私は「三井さま」というのは実際聞いたことがあるのですが、「三菱さま」はないのです。

    三菱化成の工場が地元にありましたが、三菱さまとは誰も言いませんでしたし。
    とても違和感があったのでずっと覚えていました。
    お近づきになるのは怖いと感じる夢でした。

    岩崎弥太郎の写真を御真影として国民に拝ませていたなら、合点のいく夢だったわ、と納得しました。

    おかしなコメント失礼しました。

  • 》》三菱化成の工場が地元にありましたが、

    lavinia様に便乗して申し訳ありません。
    ちょうど、以前親しくさせていただいた、
    三菱化成にお勤めだった方の事を思い出していたところでした。

    私よりかなり年上の女性でしたが、バリバリのワーキングウーマンでした。
    お父様が炭鉱技術者で確か長春にいらしたとの事。
    満州で終戦を向かえた、
    満州からの引き揚げ者です。
    戦争で繰り上げ卒業扱いだった為、もっと勉強したかったとおっしゃってたので、
    女学校卒で大学とかは行ってなかったと思います。
    しかし、すぐに三菱化成に入社出来て(当時は何も疑問を持たず、仕事が見つかってよかったですね‥‥と思ってました。)
    すぐ下の妹さんは、安川電機に入社され、
    弟さんはNHKに入社。
    聞いた当時は、頭が良い家系なんだな、と無邪気に思ってましたが、
    今考えると、、彼女は選別された家系だったのかな?なんて思います。

    前置きが長くなりました。
    何故、ふと思い出していたかと言うと、
    『豆乳』のCMを見ていて、 主人が、

    「豆乳って、結局豆腐の汁(おから?)ばってん、
     あれは腐りやすかもんね。
     腐らんて事は、だいぶ何か混ぜよるよね。
     んで、糖分もだいぶ入っとるわけたいね。」

    ってつぶやいたからでした。
    そう言えば、豆乳って健康に良いとか、大豆イソフラボンで女性ホルモンに良いとかよく持ち上げられるけれど、
    スーパーにもいっぱい並んでいるけれど、
    少なくとも私の周囲では毎日飲んでるとかは聞きません。

    そこで、満州帰りの三菱化成勤務だった彼女に記憶がとんで、
    三菱化成が『豆乳マプロン』って言う豆乳飲料を作ってたのを思い出しました。
    社員は買わされていたか配給があってたかで、
    飲んではいるけれど、
    「でも、やっぱり牛乳の方が美味しいよね。」と苦笑いしてたのでした。

    よくよく考えると、何故、コンビナート工場も持つ
    “化成”の会社が豆乳飲料作ったんだろう?
    実は、、何かの廃液で商売を思いついたのか?みたいな。

    現在、豆乳飲料大手はキッコーマンの子会社です。
    キッコーマンソイフーズ
    ↓ https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AD%E3%83%83%E3%82%B3%E3%83%BC%E3%83%9E%E3%83%B3%E3%82%BD%E3%82%A4%E3%83%95%E3%83%BC%E3%82%BA

    その前は紀文の子会社
    (紀文フードケミファ)
    で、紀文の子会社がキッコーマンに吸収されました。
    その紀文の子会社は元をたどると、
    千葉県で蛇紋岩からニッケルを生産してたケミカル会社でした。
    1939年 鴨川ニッケル → 1961年 鴨川化成
    → 1977年 紀文の子会社に → 紀文フードケミファに

    ケミカルフード、、実はヤバくない?
    と、考えていたところに、
    lavinia様のコメント。。。
    本当に、便乗してすみません。

    しかし、こう書いてると、
    『紀文』  紀子様,文仁親王 で 紀文になりますね。

    ケミカルフード、、調べてみたら、
    代表的なケミカルフードのコーンフレークは
    草食主義者の為でもあるのですが、
    そもそもは、性欲を抑える目的もあったとの事。

    皇室関連ではなくて、思い出だけのコメントでした。
    失礼致しました。

  • でれでれ草さま コメ欄おかりします。

    アラモードさま
    三菱化成の豆乳、私も飲んだことがありますが、それまで牛乳しか飲んだことが無かったせいか、
    美味しくなかったのを覚えています。
    今の紀文やその他のメーカーから出ている豆乳はそれなりに美味しく飲めますが、
    それでも台湾で飲む豆乳の方がずっと美味しいです。(中華系の国は食べ物には嘘がないというか、日本よりちゃんとした味のものが多いと思います)
    日本の物は、多くが飲みやすく調整している、つまり色々混ぜてあるのでしょう。

    三菱化成の製造した食品と言えば、牛骨粉を混ぜたクッキーもありました。
    これもまた美味しくなかったです。
    カルシウム補給のためのクッキーだったようですが、今考えたら産業廃棄物の再利用的な
    印象さえ受けます。
    一時期狂牛病で大騒ぎになった時に、クッキーの事を思い出してゾッとしました。

    親が三菱化成に勤めている同級生たちは、お互いに両親がどの大学を出たかを全部知っていて、
    「Aちゃんのお父さんは東大、お母さんはお茶の水。Bちゃんは両親とも東大…」などと
    よく話していましたっけ。
    エリートだらけなんだなあ、と聞いていましたっけ。

  • でれでれ草様。
    私もコメント欄をお借りします。

    lavinia様
    有難うございます。
    lavinia様のブログも楽しく読ませていただいております(^.^)。
    イルミちゃん検索をしていて、土や石くれ、廃棄物からお金を生み出す、
    『錬金術』が彼らの大好物なのだと、日々確信する毎日です。
    豆乳は、主人の、ふとした「なんで腐らんとかな?」の
    疑問から、
    パラパラ漫画をめくるように、記憶からハラハラとこぼれて来て、 
    「そう言う事だったのか!」 と我ながら目からウロコでした。

    現在は、排出CO2の取引が金になるのですから、、
    イルミちゃん達、笑いが止まらないと思います。
    三菱化成も似たような命題があったのだと思います。

    私の年長の友人だった三菱化成に勤務されていた女性は、
    まっとうな方だったと今も思ってますが、
    彼女の弟さんは、NHKに入社された後、後学されて弁護士になられました。
    福岡では有名な、、。
    太郎坊ちゃんの地元での2女児殺害事件その後の活動で有名です。
    彼女は弟さんの事を「固いのよね。兄弟でも違うみたい。」
    とおっしゃってましたが、
    家族の方達や経歴を考えると、
    何か意図せぬ時限爆弾を、思想的に埋め込むシステムとかあるのかな‥‥なんて想像します。
    本人の性質もあるかもですが、活躍を保障されていたから、
    40代でNHKを離職、大学法学部に行き、50代で開業
    って出来たのかも、と思います。

    九州の地元セレブさん達のパーティー(舞踏会めいたもの)を垣間見れたのも、三菱化成勤務女史のおかげです。
    20代の頃の1度だけですが、
    柳川市旧藩主立花家所有の『御花』の洋館での事でした。

    もっと彼女からいろいろ聞いておけばよかったかな‥‥。

    lavinia様のおすすめの台湾の豆乳、いつか飲んでみたいですo(^-^)o。

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