ファシズム、ポピュリズム、有機的知識人
Heinrich Regius@regiusheinrich
私は恥ずかしながら学者の端くれとしてファシズムやポピュリズムについての研究もしてきた。山本やれいわ現象については典型的なポピュリズムやファシズム運動の発生として興味深く分析対象として見る一方、日本の中であれを見逃しにしておくと危険だという考えからもコミットしている。
「ポピュリズム」と言われる運動や思潮は、エリートと対義的に、とりわけ「単なる人々」として特定の層、階級、職業集団、利権ではない「民衆」という言葉を声高に叫ぶ。したがってそれは、階級を超えた運動でもあり、いわゆるエスタブリッシュメントに抵抗する反エリートでもある。
「ポピュリズム」の知識人指導者とはしばしば反知性、「か弱い人々」の幸福という論点を基礎としつつ、包括的で具体的な政治的課題に取り組んでいることはめったにない。あくまで「小さいもの」、「些細なもの」、「弱い者」を「大きいもの」、「大層なもの」、「強いもの」から守るということを言う。
二元論的で、敵の像については具体的表現をする。しかし一貫性はもろく、状況に応じて言うことが変わる。そして「か弱いもの」の立場と言うが、それは実は多数派でありつつ、その多数派が形成するモラルでもあると考えている。
ポピュリストにとって、歴史はか弱いものの抑圧の歴史であり、不正な権力の歴史であり、民衆の没落の歴史である。それはしたがって歴史を進歩と見ることではないため、過去を美化し、復古的でもある。
こうしたポピュリストの政治に特徴的なのは、既存の政治機構には攻撃的になり、信頼を置かず、リーダー直接の政治を望むところだ。ポーランドのカチンスキ、ハンガリーのオルバーン、トルコのエルドアン、日本だと2012年の橋下徹だろうし、そして、山本太郎もこれに入る。
人民の代弁とはこれほど無責任な言葉はない。むしろポピュリスト指導者は自らを独裁者だとは言わない。人民の意志を代弁しているのだから、そこに狂気や偏見や無知が潜んでいるとしても、それは人民の意志を代弁し、執行しているに過ぎないのだ。
どのような人権侵害や理念の失効も「仕方がない、人民がそれを望む。それは私を指導者にしたことで証明されているので批判は受け付けない」というわけである。
「人民」という言葉は多元的な人間の対話と共生を排除する言葉なのだ。もちろん対話というより対立、衝突は当然あるが、「人民」はそれらもなきものにし、そこに理由なき暴力しか見出さない。どっちもどっちの暴力だと。
ヤン=ヴェルナー・ミュラー『ポピュリズムとは何か』
① 国家機構を乗っ取る試み
② 腐敗及び「大衆恩顧主義(クライエンテリズム)」(市民の政治的支持を物質的な利得や官僚のえこひいきと交換し、市民をポピュリストの「クライアント」とすること)
③ 市民社会を体系的に抑圧しようとする努力
こうした統治の特徴は、上記③と通じるが、民主的な憲法を改正することにより、市民社会や民主社会を破棄するという特徴も持っている。そして何より、憲法の保障する多元主義を破壊するのが目的なのである。
こういうポストには単にれいわが嫌いだとか好きだとかで色々見ている人がいると思いますが、左側のポピュリズムに対して右側のを肯定しているわけではないので、維新や参政党や日本保守党もそれぞれ個性的にポピュリズムの性格が強い。
もちろん、国民民主を忘れてはいけないでしょうね。あれは党首にそれほどカリスマ性はないけれど、あれこそ人気が出るならば立場や主張がころころ変わるので、該当しそうですけれど、今回増えたのは、むしろポピュリズムというより、旧来の自民や立憲の代替物なんでしょう。
アメリカ共和党にトランプが出てくるように、自民党から出てきたキワモノが安倍晋三だったのですが。
小泉純一郎も忘れてはならないな。
自民党をぶっ壊すで郵政選挙では刺客を送り込み、敵味方を見せる手法。安部以降のメディアの畏縮は問題だけど、これと違い報道は盛だった。しかし、この場合はメディアは加担したとも言える。郵政選挙の争点に乗せられた。障害者自立基本法の不十分もあったのに。
確かに大事なことを書き忘れた。「何故れいわ」か。どの政党にも手法として程度の差はあれポピュリズムは該当しうるけれど、それを中心に置いて個人を看板にした政党は程度も甚だしく危険だという話です。手法を超えて個人崇拝や無謬主義の集団という点で、極めて危険。
こうした思いを背後にしつつ、れいわにも野党共闘を期待した中、都知事選では二度も非協力的、「野党共闘」の看板は持ち出してくるがテーブルにつかずに候補を自党に統一しろと要求してくる始末。
そして、差別発言ではないかということに対してはいまだに党首はだんまりを決め込んでいる状態からすると、原理原則より自党のイメージ戦略に有利か不利かを今計算中なのだろう。なのに支持者は暴走。右派も取り込んだ、あるいは不十分な人権意識を露呈させる。
ポピュリストの正当化の具体例が集まってきますね。もちろん、これを参政党とか日本保守党としてもいいし、そうするとれいわのポピュリストは嬉々としてコメントを寄せるでしょう。分かってないようですが、根っから参政党や日本保守党の支持者は差別主義が強すぎて期待していない。
れいわの支持層には反差別や護憲や人権意識の高い人もいるはずでもったいない。ここで私の人格攻撃まで含めてわざわざ攻撃してくるような非礼や野蛮さがなければ、他のポピュリズム的手法に専念しない共産党や社民党や立憲民主党の芯のある勢力と連携できる。反政権の戦力になるはずだ。
しかし、今のままの、他の野党への攻撃と差異化に専念した状態では、結果的には政権批判の役には立たないだろう。自党の拡大と他の野党の吸収を独善から目論んでいるので共闘の阻害要因でしかない。
一晩明けて、異論反論、立場は様々なのだろうけれど、ポストの反響が大きいのにあらためてびっくりする。これぐらいは序の口か。リポストよりいいねがかなり多い、リベラルなインフルエンサーや学者も見かけた。れいわを否定的に扱ってしまうのは惜しいからだと思うが、少し不満もあるのだと思う。
今回の選挙では伊勢崎賢治氏が出馬したが、護憲派と言えるのだろうか。安全保障も詳しいという話の中で、独自の改憲論を出す可能性があるのではないだろうか。
https://hankaku-j.org/data/07/180406.html
このスレッド、れいわ嫌いが喜んでおられるようだけど、国民民主支持の人が積極的で、別にそちらを持ち上げたいわけではないですがね。
以上
ゴン太@gontamassa
山本太郎には政治的、経済的知識が不足している。その不足分をパフォーマンスで埋めようとする。大衆迎合主義で煽り立てる事の危険性を理解すべきだ。
Heinrich Regius@regiusheinrich
勉強はしているんだろうと思いますが、支持者を取り込む理論を探す傾向があるようです。
岡嶋秀生 ( 生 love You ! ) ☃️#自力で民主主義@Jcp64787645
ファシズムといえばイタリアですが、グラムシが社会党機関紙『アヴァンティ!』の編集支局に入ったころ、ムッソリーニは編集長だったとか。
以降、グラムシはイタリア共産党の創設へ。
ムッソリーニはファシスト党を組織して政権を握り、イタリアを壊滅的破滅をもたらす。
Heinrich Regius@regiusheinrich
ムッソリーニはローマ行進となりますね。グラムシは投獄されてしまう。彼の言ったように、今の日本社会には、テレビに出るタレントではない有機的知識人が必要ですね。
masao_no_blog@BlogMasao
有機的知識人とは?
岡嶋秀生 ( 生 love You ! ) ☃️#自力で民主主義@Jcp64787645
アントニオ・グラムシの研究は世界的に、また、日本では1997年に我が師である竹村英輔先生が亡くなって以降は、ほとんど停滞しているようです。
但し、目立たないながら、いくつかの研究も続けられていて、ググるといくつかヒットします。
以上
林官房長官が「ポピュリズムとの闘いだった」と言ってましたね。
ナチスの系統を組む研究者により、大衆を扇動しやすい人物の型、NLPなどを駆使した大衆扇動のスピーチ原稿の型、すべて、方程式を確立してるようです。
この人たちは、CIAと電通の規格商品で、中身は同じです。
関係ない話
H3ロケット4号機の発射タイミングに、ANA搭乗中に幸運にも乗り合わせました!!天まで届けー!
H3ロケット4号機の発射タイミングに、ANA搭乗中に幸運にも乗り合わせました!!天まで届けー!#H3 pic.twitter.com/ttUrf4umV0
— Shi**x⊿ (@shigex_) November 4, 2024
以上