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つれづれ|皇室|(前)やはり雅子は平民扱いなのだろうか

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本日もお越しいただきありがとうございます。

皇后雅子さま、17年ぶりに宮中三殿全てご参拝

https://www.youtube.com/watch?v=RFp8qq_4cNs

着物に関しては、管理人は、素人のうえに、昔読んだ本のうろ覚えなのですが、皇族女性が着る十二単や平安装束というのでしょうか。あれ、色で身分が、わかるんですよね。たしか。

今はどうか知りませんが、昔は、紫や赤は、身分が高い人しか着用できなくて、身分が下がると、着用出来る色が限られてくるんですよね。たしか。間違っていたら訂正しますが、青女房といってたのは、未熟な女官というより、青=緑色しか許されていない身分の低い女官、女房という意味だったと思いますが、どうなんでしょ。

気になったのは、今の時代の皇室は、昔の色彩の格式に拘束されているのでしょうか。雅子の小袿は、そのうえでの、若草色というのでしょうか、うす黄緑色なのかな。

しかし、なんで、「皇后」なのに、十二単ではなく、小袿なのだろう。美智子の時も、こうだったのでしょうか。すぐに探せないのですが。

あるいは、宮内庁の定義では、立后会議を通していない雅子は、天皇の妻とはいえ、平民、女官なのだろうか。

 

 

「美智子さま」のセンス

美智子は中国人なので「何も、わかってない」くて、「ぶっとんでいる」くせに、皇室皇族を支配していたので、平成の皇室の伝統が、一部滑稽なことになっているのはわかるのですが。

護地赤の着物
週間朝日2012年10月5日号  平成皇室12の証言

「愛子内親王の御地赤をつくってほしい」

美智子さまが女官を通じ、こんな連絡をくださったのは2004年夏のことでした。愛子さまが数えで5歳の元日を超える半年ほど前のことです。

御地赤とは、天皇陛下の直系の女性皇族である内親王方が成人になるまで、元日など節目となる日に身につける宮中の伝統的な着物です。上品な朱赤の絹地に、松や梅などおめでたい柄の刺繍が金糸で施されています。

美智子さまは、図案の段階から目を通し、「この刺繍の色数を減らしてシンプルに」といったふうに、女官を通してご要望を何度か伝えてこられました。意匠には鳳凰を望まれ、お印についても、「(愛子さまの)お印のゴヨウツツジに松竹梅を絡める意匠で、背中に刺繍を入れてください」と細部にまで気を配っておられました。

 

634 名前:朝まで名無しさん[sage] 投稿日:2010/11/14(日) 02:30:27 id:ypqlB/iH

(中略)

御地赤も、現皇后陛下のもとで公家の御縫御召の伝統は断ち切られた。

あの刺繍は位置と意匠に護符の意味があり、恣意的に変えてはいけないものだった。

「もう元には戻らんでしょう」と専門家の嘆くこと。

民間から入った個人の「センス」で伝統がつぎつぎ断ち切られていく。

それも時代の流れなのだろうか。

転載以上

 

「雅子さま」のセンス

美智子だけではなく、雅子のセンスと常識も、たいがいですね。

例えば、愛子さんの着袴の儀の着物。

リハーサルは伝統的な色で、明仁天皇から贈られたもの。

本番は、なぜか、なんじゃこりゃ、という、かさねの着物。一般人の七五三状態。もしくは、コスプレ。そして雅子は、なぜかスーツ。

この、伝統的とはかけ離れているセンスの衣装は、雅子の実父といわれている池田大作が贈ったものだと、盛んに噂されました。

雅子「祭祀が苦痛、公務が苦痛、神社参拝が苦痛、、日本の伝統が苦痛、着物が苦痛、病気になったわ、皇室のせい、日本のせい、責任とれ」

ですからね。だから、雅子さまのために、日本の伝統を捨てろというのが、半島人の、創価朝鮮マスコミの主張です。

半島には、公私のケジメ、という前に、公、という観念がないんですよね。

しかしながら、公私のケジメというものがある日本では、

「大切なのは雅子個人ではなく、皇室だろ、苦痛なら、皇籍から離脱して一般人になって気ままに暮らせばいいだろ、だれも止めはしない」

というのが、一般的な常識的な日本人の考えです。

 

高円宮家に伝わる赤い小袿、紫の袴

小袿は女王の祖母・三笠宮百合子妃殿下が義母である貞明皇后陛下から受け継がれたもの、長袴は貞明皇后陛下から 受け継いだ生地を仕立てたものだとか。

女官は、緑色の着物ですね。

 

平成の即位式の、親王妃や内親王がた

赤、紫が基調になっている感じ。たしか、平安時代、一番上に羽織る唐衣は、お妃と内親王は赤色だったと思いますが、赤や紫は、貴色なのは、かわらなそう。

 

で、今回のドヤ顔の雅子の参拝。緑色系の小袿。

・ナルちゃんは、天皇しか許されていない黄櫨染御袍なんですが、なんで、天皇と対になるはずの「皇后」雅子は、十二単ではないのだろう。

・なぜ、皇后が、これから民間に、降嫁する内親王や女王のように小袿なのだろう。

・色も「皇后」なのに、なんで、緑系の色なんだろう、

とおもったのは、私だけでしょうか。「雅子様のセンス」で、服を選ぶ感覚で、季節に合わせたのでしょうか。

あるいは、立后会議をしてない雅子は、女官あつかい、平民扱いなのでしょうか。

 

 

昔読んだ本の記憶によると、身分が低くて、赤や紫は許されていない女官は、着るものが、青=緑色、だったと思います。

なので、紀子様や、雅子の、御成婚のときの十二単の唐衣は緑色系だったけど、それは、まだ、ご成婚が完成するまでは、2人とも平民だからかな、と思ってたんですね。当時は。

ご成婚のときに、一回だけ着用しただけでしたね。国が豊かだったので、できたことだったと思います。

今回の雅子の小袿の色は、ご成婚のときの紀子さまの唐衣の色に似てますね。

美智子と、常陸宮妃の御成婚のときは、赤、紫が基調になってますね。

お二人とも、このまま、ご成婚後も、親王妃として行事に参加できそうな色です。

三笠宮妃や、高円宮妃も、同じですよね。昭和は、親王妃は、このかさね、という決まりがあったのかな。

 

平成、令和と二代続く、平民あつかいの、天皇のツマ

明仁さんと正田美智子の時も、ナルちゃんと小和田雅子のご成婚のときも、明仁さんには、旧宮家の北白川肇子さま、ナルちゃんには、旧宮家の久邇晃子さまという、内定した方がいたのに、勝手に海外のマスコミからスクープさせて、平民女性と婚約会見を開き、無理やりご成婚した、という意味では、私的な結婚、駆け落ち婚も同然でした。

なので、美智子も、エンペレス、プリンセスとはなかなか表記してもらえませんでした。

「明仁天皇と、妻の正田美智子」

「美智子 表記 でれでれ草」の画像検索結果

雅子もしかりです。

「皇太子徳仁と、妻の小和田雅子」

「小和田雅子 表記 でれでれ草」の画像検索結果

紀子様は、プリンセスと表記されるのですが。

「プリンセス キコ 表記」の画像検索結果

 

今回の即位式関連の、外国の報道では、男性成人皇族のみ参加できた儀式に、「妻」は参加できなかった、と報道されました。

朝日「新天皇即位、妻は見られず」 海外報道、反応様々

新天皇陛下即位のニュースは、海外の主要メディアでも大きく報じられた。退位した上皇さまの足跡や新天皇陛下の紹介だけでなく、女性皇族の立場に対する疑問なども指摘した。

米ニューヨーク・タイムズ紙は4月30日付の紙面で5本の特集記事を見開きで掲載。上皇さまが学習院中等科時代に英語教師から「ジミー」と呼ばれていたことや、陛下が皇太子時代、スペインの王女歓迎茶会で新皇后・雅子さまと知り合ったことなどを報じた。

4月29日付電子版の「新天皇即位、妻は見られず」と題した記事では、神器などを引き継ぐ「剣璽(けんじ)等承継の儀」に雅子さまが立ち会えないことを紹介。「女性皇族の低い地位、ひいては日本社会において女性が直面している困難の一例」と疑問視した。

転載以上

原文を読んでないのですが、皇后ではなく、妻、と書かれた感じですね。

「新天皇即位、妻は見られず」と題した記事では、神器などを引き継ぐ「剣璽(けんじ)等承継の儀」に雅子さまが立ち会えないことを紹介。

雅子も、美智子も、皇太子の妻ではあるが皇太子妃ではない、という扱いをうけてましたね。夫が即位した後も、2人とも、立后会議を開いてませんから、いくらマスコミや本人がエンペレスを称しても、やはり、平民なんでしょうかね。

今でも、身分的には、天皇の私的な結婚によって妻になった、小和田雅子、なのかな。

 

気になるのは、ご成婚時の川嶋紀子さんも、今回の雅子も、主役が緑系を着ている場合、女官さんは、紫系を着ていることが多いのは、何か、法則があるのでしょうか。

素人なりに、気になってしまいました。

重いので分けます。

続きです。

 

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