※閲覧不能の場合は、移転前の「gooブログ・でれでれ草」へ https://blog.goo.ne.jp/derederegusa

「元ヒーラーの覚え書きブログ」が再開しました。ぼちぼち続けていきます。

※拙ブログの画像を勝手に使用して制作した動画が、youtubeで公開されていますが、まったく管理人とは無関係です。皇室政治関係の動画は、作成も公開も行っておりません。



政治|韓国の本気、日本の本気(下)

Sponsored Link

政治|韓国の本気、日本の本気(上)からの続きです。

さて、家族で日本へ引き上げる過程で、朝鮮人の柳君と仲良くなり、話し込むことがおおくなった吉原少年。この楽観性が今の「統一朝鮮旗をふり、南北朝鮮の混合チームの勝利に沸く」今の朝鮮と被ります。

終戦|韓国人は将来を非常に楽観視していたらしい

柳君「日本はこれから大変だな。でも朝鮮は前途洋洋だ。これから理想の国を作るんだ」

P128 ~

それからしばらくボクたちは木陰で話し込んだ。主としてボクは聞き役だった。

「これからの日本はいばらの道だ。いずれ第一次世界大戦後のドイツのように巨額の賠償金をとられて立ち行かなくなるさ。植民地も全部なくなった。それに引き換えわれわれ朝鮮は前途洋洋だ。自分たちで理想の国をつくってみせるよ」

身近な人に教えられているのか、柳君は知識も豊富でませた口の利き方をしていた。

以上

柳君は、ほかに苗字を奪ったことを憤慨していますが、これ、強制ではなかったですからね。

朝鮮人だと大陸でも満州でも馬鹿にされて相手にされないので、日本の名前が欲しいと要望が多くあったので、自由選択で許可しましたが、朝鮮では戸籍のなかった奴隷でも世界第一等の大日本帝国の日本民族の苗字がもらえるし、有利だからといって改名しただけの話なんですけどね。

親御さんには親御さんの見栄があるので、当時、子供に苗字のことをきかれたときに、「日本から強制されたから」「仕方なく」と教えてたんでしょうね。

 

Sponsored Link



 

一方では、朝鮮から心が離れ日本に傾く米国

※画像は管理人が適当に貼ってます。

P153

微妙に変る米朝関係

ボクは陸軍病院、元の国民学校で毎日午後4時から行われるプレゼント・タイムに時々顔を出してたすると角砂糖をくれたあの兵士がいつも何かをボクに手渡してくれるのだった。それはともかく、よく観察しているとプレゼントのやり方に少しづつ変化が表れているのに気が付いた。最初の頃は朝鮮人の子供に厚く日本人に薄く配られていたのに、いつのまにか逆転して日本人のほうに沢山配られるようになった。

街に出てくる米兵は、上陸直後には朝鮮人の子供とみるとジープに乗せていたが、日本人の子供を相手にすることが多くなった。日本人に好意を持ち始めたのか、それとも独立を目指すこの土地の人たちと米軍との関係がうまくいっていないか、どちらかではないかと感じていた。或いは柳君が言っていた政権構想についての考え方の相違がこういうところにも影響しているのかな、と想像していた。

ある日大通りを歩いていると後ろから来たジープがボクの横で停まった。あの兵士が運転しており、助手席に乗れというしぐさをしている。乗り込むと、府内を一蹴するドライブを楽しませてくれた。風を切って走る爽快感はたまらなかった。兵士はヘンリーと名乗った。次に会った時ヘンリーに質問してみた。

「あなた方はどうして朝鮮の人たちを嫌うようになったのか」

ヘンリーは鼻に親指を当てると、かつてのあの半島の人が何気なくしていた鼻汁を道端に噛み捨てるしぐさをしながら言った。

「オンリー・ジス・ワン」

今から考えると、片言とはいえ英語でそんな質問がよくできたなと不思議で仕方ない。しかしヘンリーのしぐさは目に残っている。

いずれにせよ、米軍は上から下まで朝鮮人とは心が離れているのがわかった。柳君が夢見ているような明るい展望が、この新しい国の人たちに開けるのだろうか、とボクには疑わしく思えたのだった。

韓国史をみると米軍は10月10日、朝鮮建国準備委員会が中心になって進めていた朝鮮人民共和国を認めないと表明、アーノルド少将を長官とする軍政府が唯一の統治機関であると宣言した。朝鮮独立に大きくブレーキをかけたのである。

ここまで

巨悪・大日本帝国から、可哀想なアジアの民を解放するため、という大義名分で戦争してきたアメリカ。

いざ、「解放」するため乗り込んできても、アジアでは「解放された、ありがとうアメリカ!!」を期待してたのに、反応は薄かったので、アメリカ軍は戸惑ったようですね。

台湾では反乱がおこったりして最初は手を焼きましたが、朝鮮は植民地の中でも反乱もおこさない従順な民でしたので、やってきたアメリカに、「独立できるよ、おめでとう」といわれても、「え、独立?なんで?」という感じの反応だったそうです。

代表になる人間を募集しても、だれも手を挙げなかったので、しかたなく、大日本帝国統治下で居場所がなかった自称独立運動家の馬賊をつれていたのですが、、、

馬賊=朝鮮独立派の正体

※画像は管理人が適当に貼ってます。

『親日派のための弁明』英雄の虚像、日帝の実像、キム・ワンソプ

P146

独立軍の正体

「馬賊」は文字どおり、馬に乗り群れをなして行動する盗賊団を言う。とはいえ、常に馬に乗って行動するわけではないため、場合によっては匪賊(群れを成して行動する盗賊団)、兵匪(武装した盗賊団)、土匪(共産ゲリラ)など、さまざまな名前で呼ばれた。

これらの盗賊団は、中国の歴史においては秦・漢以来、豪侠を自負していた連中で、ときには義賊といえるケースもあったが、大部分は山奥に住みついて民家から略奪し、墓を盗掘したり賭博や飲食をしたりすることに時間を費やした。
ある記録によると、

「彼らの眼中には政府もなく、祖国もなく、仁義や道徳もなく、彼らの日常はただ一身の快楽を得られればよく、秤を争って金と銀を分配し、派手な衣装をひっかけて斗酒をのみ、肉の塊を丸ごと呑みこむかと思えば、女を拉致してかわるがわる強姦した後、道端に捨てる肉塊行為以外にはすることがない」
と描写されている。

日帝時代に満州と沿海州に進出した朝鮮系日本人は、このような馬賊団により数え切れないほどの辛苦をなめた。

満州地域の馬賊団には中国人が多かったが、単一民族で構成されたケースは珍しく、ロシア人、モンゴル人、朝鮮人など、いくつかの民族が混合した馬賊団が多数であったという。ところが、主に朝鮮人を苦しめたのは、独立軍を語った馬賊団であったため、当時は独立軍と馬賊軍の間に大きな差はなく、呼称があっても区別しなかったようである。

当時の朝鮮総督府と日本政府の記録には「鮮匪」という名称もよく登場する。これは、朝鮮人匪賊という意味で、ほとんどが独立軍を語った連中だった。

かれらは満州の朝鮮人居住地域だけではなく、よく国境地方に入り込んでは軍資金調達にかこつけて強盗や殺人、拉致、放火、破壊などの乱暴を行ったため、満州と北部国境地域の治安に大きな混乱をもたらした。

以上

こういう連中なので、米軍も「話と違う」と、思うところがあったんじゃないでしょうか。

 

半島は民族としての成熟度は、幼稚園児なみなのかも

フィギュアスケート選手で、「韓国系カザフスタン人」の故デニス・テンなどの高麗人の先祖は、反日活動家、英雄だったらしいのですが、、、、。

そもそも、独立活動をしていた英雄の正体は、大日本帝国の社会システムに適応できなかった旧支配層の両班が馬賊化したものでした。

それが、旧共産圏に流れていって、高麗人とよばれる人たちになったようです。テン選手は、銅メダルをとったものの、カザフスタンでは、高麗人として浮き上がっていたようです。

※伏見顕正の政経塾・「英雄」デニス・テンの正体

反日の家系を誇りにしていたテン選手は、生前、日本人の羽生選手に付きまとい、練習妨害を繰り返していましたが、羽生君がキレて怒鳴りつけて叱りました。その後、テン選手は、おとなしくなったそうな。一部では、「あれで、羽生がオカマではないことがわかった」などの書き込みもあったようですが、びしりと叱るということは大切なことなのかもしれません。

日本民族は50歳、朝鮮民族は5歳くらいなのかな

日本民族一人一人は、知能の高低の差があったり、徳のあるなしなど差があるとは思いますが、民族としては人間の50歳くらいの年齢の成熟度だと聞いたことがあります。

韓国人の中には、知能の高い人もいるでしょうし、徳の高い人もいるでしょうけど、集団になった時の言動パターンや、今の韓国政府の反応、「核を持ってる馬賊」北朝鮮のブーちゃん体制をみるに、半島では、南北とも、人間の5歳児レベルが民族の成熟度のレベルなのかなと思ったりします。つまり、まだ、お子様なので、羽生君が怒ったように、「日本国」が「韓国という国」に対して、きっちり叱らないとわからないのかなと。

国際的な認識もそんな感じで、日韓問題の場合、いかに韓国側が悪かろうが日本に非がなかろうが、日本が非難されます。「日本は大人なのに、なんで子供同然の韓国を監督しないんだ」という認識が底にはあるからではないでしょうか。

属国、奴隷の気楽さがまだ続いているのかも

しかしながら、韓国民の、今一つ危機感のない、だらけた雰囲気を見るに、何があっても最後は面倒を見てもらえる、最後は、アメリカや日本がどうにかしてくれるだろう、という、自分の国や人生に責任をもたない根拠のない楽観性に困惑している人が多いはず。

奴隷や属国は、なんでもかんでも支配者に決められ支配され、搾取させれ自由もなく悲惨ですが、自分に責任を持つということからは、ある意味解放されている立場ではあります。韓国の場合も属国の時代がながく、国民は奴隷の時代が長かったせいから、その気楽さが続いているのかなと思うんですよね。」

話が長くなりましたが、

中国の暴動、韓国の2度のデフォルトや赤字、台湾の学生運動や、香港でのデモなどを見るたびに、聞きたいのは、

「独立していいことありましたか?」

「この先も、自力で国を運営できますか?」

滅私の心で答えてほしいと思う。

以上

 

Sponsored Link
Sponsored Link

お願い

※コメント欄にいただいたコメントは、記事に転載させていただくこともありますので、ご了承ください。非公開、転載不可の場合はあらかじめ、その旨お伝えください。

※諸事情により、メールアドレスのご記入をお願いすることにしました。ご了承ください。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です