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「元ヒーラーの覚え書きブログ」が再開しました。ぼちぼち続けていきます。

※拙ブログの画像を勝手に使用して制作した動画が、youtubeで公開されていますが、まったく管理人とは無関係です。皇室政治関係の動画は、作成も公開も行っておりません。



政治|韓国の本気、日本の本気(上)

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本日もお越しいただきありがとうございます。

通り魔殺人に、大量の死傷者を出す放火、昭和なら一年に一度あるかないかの凶悪事件が、毎日のように発生しているのが令和。

「小説盗まれたから放火した」 男は青葉真司容疑者

https://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye3729927.html

京都市のアニメ制作会社で33人が死亡した放火殺人事件で、警察は19日、身柄を確保した男の名前を発表しました。青葉真司容疑者(41)です。青葉容疑者は「小説を盗まれたから放火した」という趣旨の話をしています。

以上

・34人が死亡、34人が重軽傷

・去年10月、京都アニメーションのホームページに殺害を予告する書き込みがあり、被害届を受けて捜査を進めていた。

ナルマサが結婚した年には、前代未聞の冷夏によるコメの不作でタイからコメを輸入する異常事態になりましたが、法則通りなのか、今年は、冷夏による不作は決定的だそうで、、、早く令和が終わりますように。

 

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亡国の相をみせている韓国

失政が続いたというよりは、北の工作員である文大統領は、この人、北の計画通り、予定通りに動いているんでしょう。赤化統一、日韓分離、米韓分離のために、国を内部から破壊し外交をズタズタにして孤立させるミッションに成功しているようです。文さん、一見バカっぽく見えるのですが、工作員としては有能と言えます。

「金大中大統領が誕生した時に、北韓側は、”我々の対南工作は完成した”という話をしたほど」

「その後、親北的なノムヒョン大統領、次に今の文在寅大統領ですから、3大親北ですよ」

日韓マスコミは、パククネ政権末期、パククネ支持のデモがあったのに報道しなかったですね。

日本の天皇は朝鮮人とすり替わり、皇后も朝鮮人ですから、令和開始にあわせて、北が祝砲のミサイルを撃ちました。”我々の対日工作は完成した”と、北朝鮮側はホルホルしているのはないでしょうか。

「雅子 コリアンプリンセス でれでれ草」の画像検索結果

1 日本から韓国へ制裁、

今後、輸出主力商品や、半導体が作れなくしちゃう本気の「韓国〇ね」的な内容。

2 サムソンのエライさんが来日、

今までさんざん、妓生やお金の接待をうけさせていた政治家たちから恩義を回収するためか、それとも、技術者をリクルートするつもりだったのな。

応じた人いるのだろうか。

3 韓国政府がアメリカに仲裁を要請

今回の「韓国を終了させる気満々」の、気合の入った制裁は、日本が独自にできるもんじゃないんですけどね。

安部ちゃんが、泣く泣く日韓の慰安婦合意をさせられたのは、アメリカのオバマさんの圧力があったから。

オバマさんはグローバル派の兵隊みたいな人でしたが、「歴史的な偉業」ほしさに、任期の最後の年に広島を訪問しています。

オバマさんと、オバマさんのスポンサーだったグローバル派で親韓のロックさんたちとの間に、広島訪問させてやる代わりに、安部に慰安婦合意を飲ませろという取引があったのかな、と、勝手に想像しています。あくまで想像ですが。

ようやく、あほなことばかりする韓国への制裁が許されたのか、あるいは、アメリカさまが、日本に対して、「裏切った韓国は許さん」「おまえ、ボコれ」と、制裁を命じられたのかは知りませんが、アメリカさまの許可がないとできないと思います。

4 韓国政府「日本製品の不買運動開始」を呼び掛ける

しかし、国民はやる気なさそう。

カイカイ反応通信

http://blog.livedoor.jp/kaikaihanno/archives/55557568.html

実際の商品を買って燃やしたり、破壊したりせず、ロゴをつけた空箱を踏みつけるというwwwwwww

翻訳元:http://www.ilbe.com/view/11183509870

ほかにも、ユニクロは廉価なので見向きもしなかったが、この不買運動でユニクロが日本製である事実が広まり、店は混雑しているという書き込みもありましたし、夏休みは福岡に行く、という書き込みもありました。

一方では、日本の報道は、韓国が日本製品の不買運動をしていると大々的に報道しています。

どこの国も、現実と、報道とは違うようです。

 

嫌韓の罠

ヘイトの旗振りをしているのは、日本人でないという話

嫌韓系のサイトが数多くありますが、注意しないと危ないなあ、と思うのは、嫌韓ブームや、まとめサイト、保守系ブログの一部、在特会などのヘイト活動が、実は、日韓分離、米韓分離、韓国をつぶして赤化統一のための、中国・北朝鮮の対日工作活動の一環である可能性もあることです。

余命三年時事日記の初代の爺さんや、桜井誠さん、アネザイチカ、などは、帰化人、朝鮮族・高麗人、背乗り、などの疑いがあるわけで、こういう人たちの旗振りに、いかに韓国がアホだからといって、腹が立つからと言って、嫌韓の波に簡単に乗ってしまうのは危ないんですね。

現地の声

親戚が技術系のエリート社員で、技術提携の関係のために半島に行くこともあるのですが、(中には「ウリナラマンセー」的なテンプレ通りの人もいるにはいるのでしょうが)基本的に親日的で普通に話が通じるいい人が多かったらしいです。職場にいる人たちが、韓国でも高学歴技術系のエリートだということもあるかもしれませんが。

「日本のためには(日本企業はという意味だと思いますが)、韓国から撤退したほうがいい」

と、日本側を心配している方もいたそうです。

あの半島の悲惨さは、馬賊みたいなただ強烈なだけの人間が勝ち残り、まっとうな人間が勝ち残り社会の最上層に行けないことにあると思います。

 

再掲載させていただきます。

じつは、反日性がなかった朝鮮人

朝鮮長老「あのときはわしらも嬉しかったね。東洋人がヨーロッパ人をやっつけたんだからね。ここには数十人の若者が集まって一緒に見ていた。日本人は一人もいなかったけれど、みんな大喜びをしたもんだ。」 

『降ろされた日の丸』国民学校一年生の朝鮮日記:新潮社

「なんで日の丸を下すんだろう」———— 昭和20年8月13日、朝鮮の港町・仁川に住む7歳の著者は不思議な光景を目にする。

それは、当たり前の生活と秩序が崩れ去る前触れだった。玉音放送の後、優しかった現地の青年は豹変して「この家の物はオレのもの」とすごんだ。隣組では、上陸した米兵に「慰安婦」を差し出す相談が持ち上がった。仁川神社の宮司は行方不明に・・・・・小さな目と耳が捉えていた、敗戦下の貴重な記録。

※画像は管理人が適当に貼ってます。

P114~

一人でぼんやりしていると、近くで十数人の一族に取り囲まれた朝鮮人の長老が声をかけてきた。

「坊や、ちょっとこちらにいらっしゃい」

長老は大声でボクを手招きした。一族と思しき人たちがさっと道を開けた。長老は白い韓服で正装し、顎には白い髭を下腹にも届くほど長くのばしていた気。一目見ただけで、近在の有力者だとわかる。正装は米軍上陸を歓迎する意思表示だと思われた。長老はボクを隣に座らせ、口を開いた。

「坊やね、わしはこの同じ場所から日本とロシアの海戦を見たよ。その話をしてあげよう」

ボクは驚いた。日露戦争といえば1904、5(明治37年、8)年だから、40年も前のことだ。その中の海戦といえば、バルチック艦隊を破った日本海海戦と、太平洋艦隊を破った黄海開戦があるという知識はもっていた。その黄海改選が仁川から見える距離で行われたのかと思って尋ねた。

「それは黄海海戦ですか」

「いや、黄海改選の何か月か前にこの沖でも海戦があった。仁川沖海戦というんだ」

「初めてしりました。それで戦の様子はどうだったんですか」

「ほら、あそこに小さな島がみえるだろう」

長老はボクの顔に身体を近づけ、西南の方角にある島を指さした。

「分かるかい、あの島の向こうに日本の軍艦が何隻か待ち構えていた。ロシアの船は仁川湾内にずっと前から停泊していたが、恐らく日本の船を追い払おうとしたんだろうね。軍艦2隻を先頭に商船も碇をあげて出て行った。そしてね。さっきの島のちょっと左側、方角からいうと南になるのかな。別の島がみえるだろう。あのあたりで打ち合いになった。

けれどね、戦いは一方的だった。日本の軍艦から砲弾が飛び出したと思ったら、ロシアの軍艦に見後tに命中、火薬庫にも引火したらしく爆発がおこっていた。かなわないと思ったんだろうね。ロシアの軍艦も商船もみんな逃げ戻ってきて港に入り、あの手前の島のこちら側に停泊していたけど間もなくみんな沈没してしまったよ」

「乗っていた水平たちも一緒に沈んだのですか」

「いや、沈没する前に、フランスの軍艦から救命ボートが助けに行った。2、3百人は助けたと思うよ。みんな軍艦に収容され、捕虜になった人はいなかった。後で中立違反とか何とか言われていたが、あのころはフランスとロシアは仲が良かったからね。人道的に救われてよかったと思うよ」

ロシア巡洋艦が沈んだ場所

長老は遠い昔の青年時代を思い返そうとしているのか、暫く青空を見上げていたが、また話ははじまった。

「あのときはわしらも嬉しかったね。東洋人がヨーロッパ人をやっつけたんだからね。ここには数十人の若者が集まって一緒に見ていた。日本人は一人もいなかったけれど、みんな大喜びをしたもんだ。いつか日本人に話しておきたいと思ったんだ。坊やはちゃんと位置関係も覚えておくんだよ。あの島とあの島とあの島だよ」

長老は何度も指さしながら繰り返した。歴史の証人として誰かにつたえておこうという強い思いがあるのがボクにもわかった。

「ありがとうございます。決して忘れません」

長老はボクの顔をみながら頷いていたが突然険しい顔つきになった。40年前の青年時代の記憶がさらに鮮明によみがえったのか、

「そういえばあのころ此処に神社などなかったよ。丘の上の広場だった。日本は変な宗教をわれわれに押し付けたけれど、あれはよくないね。何を信仰しようと、宗教は自由でなければならない」

強い調子で言った。そのとき、傍にいた奥さんらしい人が朝鮮語で何か長老に声をかけた。長老は頷くと僕の方を向いて言った。

「わしの話はこれで終わりだ。じゃあ、元気でな」

貴重な目撃談を日本人のボクに語り終えホッとしたのか、老人は一族と思しき人たちと朝鮮語で会話を始めた。ボクは再び元の場所に戻った。

この老人の話でボクは、日ロ間で仁川沖海戦が行われたことを知った。また神社の創立と神道の強制が朝鮮人に反感を持たれていたことも認識させられたのである。

ここまで

長老からは、反日性は感じませんね。

ただ、日本が植民地に神社を立てたこと、満州などでも参拝も強制したこと、これには怒ってますが、創生改名についても触れていません。朝鮮民が自ら望んだことであり、選択の自由があったため、長老も触れなかったのではないでしょうか。

(下)へ続きます。

政治|韓国の本気、日本の本気(下)

 

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