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世界の闇|マザー・テレサの真実④

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続きです。

マザーテレサ伝説の作り方

1979年 ノーベル平和賞受賞

 

1983年 ヨハネ・パウロ2世との謁見

 

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1995年 マザー・テレサの暴露本が出版

イギリス人ジャーナリスト

クリストファー・ヒッチンズ氏

「The Missionary Position: Mother Teresa in Theory and Practice」
マザー・テレサを厳しく批判。

 

1996年 マザーテレサに、アメリカ名誉市民賞受賞

過去の受賞者一覧

1963年受賞:ウィンストン・チャーチル (受賞翌々年没)

1981年受賞:ラウル・ワレンバーグ

(1945年失踪、1947年没?、ナチス・ドイツからのユダヤ人救出)

1984年受賞:ウィリアム・ペン

(1718年没、ペンシルベニア植民地建設・アメリカ社会への思想影響)
1984年受賞:ハナ・キャロヒル・ペン(英語版) (1726年没、同上)
1996年受賞:マザー・テレサ (受賞翌年没)
2002年受賞:ラファイエット侯爵

(1834年没、アメリカ独立戦争への貢献)
2009年受賞:カジミエシュ・プワスキ (1779年没、同上)

青字が生前授章した方、合計2名。

マザーテレサと、チャーチル卿。

ダヤンさんがご指摘されたように、それぞれ、授章した翌年、翌々年に死亡していますね。

 

1997年 マザーテレサ死去

ばれたから、用なしになったのかな??

列聖の審査が始まる

通常は死後5年を経ないと始めることはできない規定。

テレサの場合は生前から聖女の誉れが高かった。

彼女の業績を極めて高く評価していたヨハネ・パウロ2世が前倒しを強く求めたため。例外的に5年を待たずに始められた。

例外は、2005年4月に帰天した当の教皇ヨハネ・パウロ2世自身にも適用された。

 

2003年 映画「マザー・テレサ」制作

バチカン側も頑張ります。

映画「マザー・テレサ」制作

オリビア・ハッセーさん主演

12月 福者として、列福

バチカン側も頑張ります。

福者として、列福

ヨハネ・パウロ2世法皇はテレサを列福し、福者であると宣言。

 

2015年 聖人として、列聖

バチカン側も頑張ります。

聖人として、列聖

フランシスコ法皇により、列聖されることが発表。

 

一方では批判も出ます。

 2016年04月 インド人によるマザーテレサを批判記事

インドの方も頑張ります。

ハフィントンポストにて、インド人によるマザーテレサを批判記事を掲載。

インド出身のアソシエイトエディター、クリティカ・ヴァラグールは2016年04月にハフィントン・ポストのアメリカ版でマザー・テレサを批判した。

特別で優秀たる白人が有色人種を助けるのだというイメージをインド人や西洋人に植えつけたと主張し、マザー・テレサの崇高なイメージは脆弱化したカトリック教会によって行われたメディア・キャンペーンの結果であると述べている。

www.huffingtonpost.jp

2016年の9月4日にマザー・テレサが聖人に列せられる。これは驚くことではない。2003年に彼女は福音に列し、列聖への道を一直線に進んでいるようだ。だが、彼女は聖人ではない。

(略)

彼女を何か特別なものにしようとする教会の熱烈なキャンペーンもあった。

このキャンペーンは彼女の存命中にスタートした。中絶反対を唱えるイギリス人ジャーナリストのマルコム・マゲリッジが、大きな十字架の前で祈るパブリック・イメージを作りだし、マザー・テレサのイメージを広めた。

最初は1969年の聖人伝ドキュメンタリー、次は1971年の著書だ。

彼は人々に、マザー・テレサは歴史上ではなく「神話の域」にあると位置づけた。

彼女は死後、(聖人に次ぐ)福者の地位になったが、、それはルールを破っても捕まりたくない人が熱烈に支持したからだ。

教皇ヨハネ・パウロ2世は通常、必要な死後5年というプロセスを放棄し、死後1年で手続きを開始した。素晴らしい功績があるとされるひとりの女性には、非難されることなどないと思っているかもしれない。

だが、マザー・テレサは生前、悪名高き独裁者と親交があった。

ハイチのジャン・クロード・デュヴァリエ(マザー・テレサに1981年、レジオンドヌール勲章を授与した)と、アルバニアのエンヴェル・ホッジャ労働党第1書記だ。

こうしたものはどれも特に目新しくはない。

ほとんどは彼女が列福した2003年に浮上した。

クリストファー・ヒッチェンスの著述と、タリク・アリのドキュメンタリー「地獄の天使」の中で示されている。これは死者の悪口を言うためのものではない。

しかし、マザー・テレサが時間を経ずして聖人になるのはかなり腹立たしい。

私たちは神を想像し、自分たちに似た人の中に神聖さを見いだす。

この中で、マザー・テレサのイメージは西側至上主義、白人至上主義の残像として映る。

彼女の栄光はインドの精神の犠牲の上に成り立っている。

また、10億人のインド人と、分離した人々の犠牲がある。

彼らは、自分たちを助ける白人は特別で優秀だとの概念を強制的に植え付けられた。

改宗など大したことではないと思わされた。

ノーベル賞を受賞した5人の「インド人」のひとりが病気の人を死なせる女性だったという、とんでもない事実を受け入れざるを得なかった。

貧困は美しくない。マザー・テレサは時を経て白人にとっての聖人となっても、褐色の肌にとっての聖人とはならないだろう。

(ここまで)

※詳細はこちらから

http://www.huffingtonpost.jp/krithika-varagur/mother-teresa-was-no-saint_b_9658658.html

 

 

「ほとんどは彼女が列福した2003年に浮上した。」

2003年 映画と出版により神話の人物へアセンション

2003年 映画「マザー・テレサ」制作

オリビア・ハッセーさん主演

 

同年12月 福者として、列福

ヨハネ・パウロ2世法皇はテレサを列福し、福者であると宣言。

「最初は1969年の聖人伝ドキュメンタリー、次は1971年の著書だ。彼は人々に、マザー・テレサは歴史上ではなく「神話の域」にあると位置づけた。」

 

前世期では「神話」をつくるための手段が、出版だったのね。

今も、テレサ本は結構売れているらしい。

今世紀で、バチカンが、ネットを抑えてなかったのは致命的だったと思うわ。

風化することもなく、ひたすら事実の散がつづくのね。

カトリックの聖人聖女が、いかにして作られたか、その手法がわかりますね。

パナマ文書の公開って明日ではなかったかしら。

マザーテレサの団体が入ってたら、笑うわ。

 

話を戻すけど、、、

マザーテレサは、旧ユーゴスラビア出身とされる

(She hailed from old Yugoslavia)。

 

マザーは何度も危篤を乗り越えてきているのね。

もしかしたら、正田美智子のように、複数のマザーテレサが駅伝スタイルで繋いでたのかも。

被布をかぶっているから耳の検証はできないけど、比較していったら、いろいろと明らかになるのかも。

ミッチ―のこともそうだけど、結局、マスコミが作り出したイメージしか見てなかったのよね。

「自己犠牲に基づいた愛」

売り出し方がおんなじなのが気になるわ。

 

コメント欄より

続いての記事、面白く拝見いたしました。

>>西側至上主義、白人至上主義

ずばり、その通りですね。
植民地時代から無知な有色人種を宗教で騙して搾取する白人のやり口を忠実に踏襲してますよね。マザーテレサは。

マザーテレサを告発したのがイギリス人というのが面白いです。
イギリス人の縄張りだったインドを荒らしたからでしょうか。

イギリスって、植民地時代のカトリックの宣教師のやり口と人種差別満載の価値観を赤裸々に描いたミッションという映画を作っているんですよね~。

英国国教会というカトリックと対立する宗教観からか、それとも世界の紛争の半分の原因を作り出した自分達の罪をごまかすためかもしれませんが。

エリザベス女王の美智子さんへの塩対応といい、その動機を妄想するのは楽しゅうございます。

コメント欄より

以前、マザーが日本人を指して心のない人たちだと批判していたのを記憶しています。
もしかして白人至上主義が入り込めなかったので(民度、豊かさ)負け惜しみをいったのかもしれませんね(笑)
とにかく当時は変なことをいう人だなと思いました。

 

ネコ科の画像

http://amenities-news.com/wp/wp-content/uploads/2014/11/wpid-Z9eoG2O.gif

 

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