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鬼塚史観と皇室の問題|鬼塚史観でなら解ける皇室の因果

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本日もお越しいただきありがとうございます。

管理人のかねてよりの疑問、

・全てではないにせよ、明治以降の主だった皇位継承者たちは、貴賤結婚をするケースが多い。まるで、最下層の階層と一つになるのを目指しているかのようであるのはなぜか。

・たとえ、家柄が釣り会うように見えても、最高の家柄の最良の姫を退け、相手が異教徒であったり、工作員の家系だったり、犯罪性が高い家系であったり、わざわざ条件の悪い相手を選ぶ傾向があるのはなぜか。

・妃となる相手が、朝鮮系&被差別階級から選ぶ場合が(全てではないが)確率が異様に高いのはなぜか。

・平成の天皇、天皇夫人、皇太子、愛子内親王、秋篠宮御一家が偽物、しかも、朝鮮系、中国系工作員とすり替えられてしまったのはなぜか。神威が働かないのはなぜか。

因果の果があれば因がわかりますが、上記の「果」をつくった「因」は、教科書や報道で共通幻想となっている都合よく編集されている「史実」や、一般化している「司馬史観」では答えは出ません。が、鬼塚英明氏の「鬼塚史観」なら答えが簡単に出せますね。

というか、スッキリしました。

※Amazonのレビューより

『天皇のロザリオ』(上下)にしろ『日本でいちばん醜い日』にしろ、手堅く資料を駆使し、目から鱗の結論を導いているためか、いづれも日本図書館協会選定図書に指定されてる。

・明治以降の主だった皇位継承者たちは、貴賤結婚をする場合がが多すぎる。最下層の階層と一つになるのを目指しているかのよう。

⇒明治帝が天皇と皇太子を暗殺し、朝鮮部落出身の最下層の人間とすり替わったから。明治系皇統は無意識に、本来の階層に戻ろうとしている。

 

・最近の親王の縁談では、家柄が釣り合っていても、最高の家柄の最良の姫を退け、相手が異教徒であったり、犯罪性が高い家系であったり、わざわざ条件の悪い相手を選ぶ傾向がある。

⇒同種で結婚は成り立つのが普通であり、明治天皇以後の明治帝の皇統は、最初から異教徒であり、皇位を奪った犯罪によって成り立っているから似たものを選ぶ。

 

・妃となる相手が、朝鮮系&被差別階級から選ぶ場合が(全てではないが)確率が異様に高い。

⇒明治帝に成り済ました人物と、それを利用したクーデター首謀者の「志士」たちがみな、武士とは名ばかりの汚れ仕事を請け負う朝鮮部落の被差別階級のものだったから。

 

・国民が知らない間に平成の天皇、天皇夫人、皇太子、愛子内親王、秋篠宮御一家が偽物、しかも、朝鮮系、中国系工作員とすり替えられてしまった。

⇒幕末に国民が知らない間に正統な北朝の天皇、皇太子を暗殺し、皇位を簒奪したため、その因業が当然現れる。

 

鬼塚氏は、一連の真相を暴くにしたがい「敗北感に震えている」と書かれていますが、管理人は、奈良時代の出自の怪しい天武天皇の皇統が亡び、臣籍に下っていた天智系に皇統がうつったように、明治天皇系の偽物の皇統を滅ぼし腐らせたうえで本来の日本人の皇統である北朝に戻そうとしている。そう信じています。

 

鬼塚史観

・孝明天皇と皇太子の睦仁親王は暗殺され、明治天皇は山口の朝鮮部落出身の奇兵隊・力士隊の若者とすり替わった。

・クーデターの実行犯たちは、西郷、大久保、伊藤博文をはじめ、いずれも当時の朝鮮部落の出身者で武士とは名ばかりの正規の武士がやりたがらない仕事を引き受けていた被差別階級の人々だった。

・明治以降の神道は古神道とは似ても似つかないキリスト教をまねた神道。

・明治維新とは最下層の裏切り者が国を盗んだに等しい革命だった。

ほかにもありますが、鬼塚氏は、膨大な歴史資料と聞き込みによる情報をもとに著作を構成しており、陰謀論あつかいされている作家さんではありません。

管理人は、こうした噂を聞いてはいましたが、最近までは信じてはいませんでした。信じたくなかったということもあります。

が、眞子様のご婚約で、眞子様がすり替わっていることがわかり、さらには、その相手の小室の正体があまりにひどいので、皇室問題の因果の「因」となる明治天皇の正体、維新の真相と照らし合わせると鬼塚史観が正しいのではと確信をもつようになりました。

長年にわたって刷り込まれた洗脳は根深く強いですね。

昭和天皇の御母上の貞明様は、ご立派な御方と信じてきましたが、、

 

貞明皇后

『日本の本当の黒幕』鬼塚英明:著 のなかで、氏は貞明皇后の正体について書かれています。

管理人は、親王妃に得体のしれない女性が収まるのは戦後、敗戦の結果課と思っていましたが、この貞明皇后がすでに、美智子なみに正体不明の女性だったと検証されています。

・九条家の当主の妾腹の娘ということになっているがはっきりしない。

・皇太子妃になった少女は、会津にルーツを持つ正体不明の少女だった。

・学習院の名簿に九条節子の名前がない。

・皇太子妃に選ばれた経緯が、宮家の姫が妃に内定したのにも関わらず退けられ、ある勢力のごり押しによって雅子や美智子に内定したときと酷似している。

・貞明も、最初はお妃候補の少女の一人として登場し、内定していた宮家の女王は健康であったのにもかかわらず「肺病の為」健康上の理由で退けられ、九条節子に決定した。

・風貌は若いころは台湾人のジュディ・オングに似ている。加齢すると中国人老婆の容姿になった。黒いドレスを好んできていた。その服装からみて中国人クエーカー教徒ではないのか。

・4人の親王を生んだことになっているが、1度、堕胎したことがあるらしい。陵にある流産した子のための土饅頭はそれではないか。

・さらには大正天皇が病床に伏しているときに、妊娠して出産し、子供が成人した後は就職の斡旋を頼んでる。

ほかにも、日本の貴族女性とちがい沢山の男性と交わりを持った、という点も指摘されています。

当時の皇室としても、貞明様がおおくの男性と交わりを持つ必要もあったようで、それにご本人の先天の気質が合わさって、「男狂いだった」といわしめる有様だったと、、。

・大正天皇は英邁な方でしたが、幼少時熱病にかかられてからは子だねがなかった。

・そのため、親王妃に男性をあてがい皇位継承者を作った、

というものですが、こうした検証は、少し前までは酷い中傷だと思ってましたが、というか、中傷であってほしかったのですが、、、。

ほかに、証拠となる資料はないが噂の一つに、

・大室=明治天皇と仲間の志士たちが遊ぶための施設「千代田遊郭」があり、えりすぐりの美女(没落した旗本の娘)が仕えていた。九条節子は、本当はここに送られた中国人少女「朱貞明」という少女であり、明治帝も志士も可愛がったという。

というものもあったそうです。

真相をしればしるほど、それも、ありえる、と思ってしまうところがあります。

皇后が、じつは出自不明だということ、中国、などの外国の女性である可能性が高そうだということ、異教徒(クエーカー教徒)なのは間違いなさげで、夫を毒殺した疑いがあり、性欲が強く男性あさりがひどく多くの男性と関係をもった、など、今日の幾人かの親王妃たちに関する噂に共通する点があります。

貞明皇后は、信子妃の先祖の一人である牧野伯爵と関係があったとも言われており、牧野の子孫である麻生信子が親王妃に内定したのは、故三笠宮のお気持ちのみならず、キリスト教徒どうし、工作員どうしの関係や絆など、その辺に事情があったのかもしれません。

高円宮久子妃

高円宮久子妃のWikiに、以前、久子の母方は貞明皇后の親類だと記載があったと記憶しています。

貞明皇后の非日本人でない可能性がある正体不明の出自であることの可能性を考慮に入れ、高円宮久子と3人の娘さんたちの下品さ、日本人ばなれした容姿、言動をみるに、もしかすると、母方の血縁者という記載は真実を書いていたのかもしれません。

鬼塚氏は貞明皇后の皇子たちの父親を推測されています。

どこまで正しいは不明ですが、、、

鬼塚氏の推測 親王の実父

裕仁天皇の父 西園寺八郎?

 

秩父宮の父 東久邇宮 稔彦?

秩父宮さまを鍾愛していたところをみると、その父君を一番愛しておられたのではという推測もされています。

 

高松宮の父 有栖川宮威仁親王・母は女官?

貞明皇后の実子ではなく、養子ではないのか。という説。

本来の公卿との間に調整が必要となる事態がおこり、養子にして皇位継承者にしたという説。ちなみに、有栖川宮は高松宮を発祥としている。

 

三笠宮の父 牧野伸顕?

実は三笠宮は男女の双子だったが、女子は華族の籍に入れ京都の尼寺の門跡にしたという説もあり検証された著書も出版されています。

双生児の実父は宮内相を務めた牧野伯爵(麻生太郎・信子妃の曽祖父)ではないかとされています。それはもう、介添えもなく頻繁にあっていたそうです。

などなど、、、はしょって紹介させていただいてますが、、、

管理人は、三笠宮の父君が仮に大正天皇でないのなら、有栖川の宮系のかたではないかとおもったりしました。

あくまで想像です。なぜなら、有栖川宮家の有栖川宮威仁親王にツグコ女王がそっくりだから。

左はツグコちゃん(三笠宮三男の長女)、美人さんですよね。

右は高松宮の父といわれている有栖川宮威仁親王。

皇族の中でいちばんのイケメンだった桂の宮様(三笠宮次男)にも似ている気がします。

確証はありません。あくまで印象の問題です、。

さらには大正天皇は「脳病」ではなく、不自由になっていくお体の要因は毒によるものではないのか、という疑惑もあげられています。

管理人は、漢詩の良し悪しにはくらいのですが、たしかに、大正天皇は優れた漢詩を詠まれていると聞いています。

実際、今上の生前退位ににた形で公職から追放されヒロヒト親王が摂政となりました。

これは、一種のクーデターだったのかもしれません。

鬼塚氏は断定に近い形で書かれています。

貞明皇后は、クエーカー教徒であり、工作員でああり、オレンジ計画の推進者のひとりであり、日本を敗戦に導いた人だと。

つまり、托卵をする妃、工作員の妃、異教徒の妃、が皇室に入ったのは美智子が最初ではなく、もっと古かったということですね。

美智子と入江侍従長の不倫の噂は、しつこいほどありますが、これが真実であったとしたら、「明治皇統の皇室の雰囲気」がもともとそうしたものだったからかもしれません。

 

神になった大室(明治帝)、大室を拝む日本臣民、そして拝む写真は明治帝ではなく岩崎に似ている怪

朝鮮部落の最下層の人物が天皇とすり替わったこと。それも一種の冗談のような話ですが、その真偽がどうであれ、「明治天皇」の御真影が神棚に飾られ神としてまつられるようになりました。朝鮮部落の出身者が神として祭られあがめられていたというのも、真実なら笑えませんが、もっと笑えないのは、明治帝とされる御真影(肖像画を写真にとったもの)は、三菱の岩崎弥太郎に似ていることです。

岩崎は明治部落民革命の主犯の一人であり、日本の黒幕の一人であり日本を私物化し支配した一人ですが、似ている気がするのは気のせいでしょうか。

本物の明治帝のお姿を映したものは、外人が隠し撮りした写真だけ。御真影に使われている肖像写真もふくめて、どの肖像画をうつした写真にも似ていません。

写真の明治帝

意図的にこのデザインになったのかは知りませんが、実際の天皇に似ていない、しかし岩崎に似た肖像を日本国臣民は拝んでいたのです。

鬼塚史観や管理人が書いてきた皇室の怪は冗談のような話ですが、正直、冗談であってほしかったと思います。

今年は管理人にとって皇室に対する認識が、いっそうガラガラポンになる年のようです。

鬼塚史観をとおして、まとめたいと思います。

 

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