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【皇室】(8)追記・コメント欄より

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こちらの追記です。

※画像は管理人が適当に貼っています。

コメント欄より

>小和田の教授就任にいたっては、某財閥からお金が動いたと書き込みが会った記憶があります。事実だとして、それが三菱かどうかは不明ですが、、、、、、、。

すぐに、サイトを見つけられませんが、
確か三菱でした。
だから、ロシアに関わりが(ハニトラもありますが)深いのか‥‥と、思った記憶があります。

以上

 

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コメント欄より

https://omugio.exblog.jp/22219296/より、

【倉富日記 大正12年11月09日】

宮内官僚西園寺八郎

御婚儀延期の事も皇太子に言上する前に新聞に出てらるより、殿下は婚儀を延ばす事は予は承知しおらずと言われ、東宮太夫珍田捨巳は殿下は延期の思召なしとて困りおりたるゆえ、予より殿下に謁し、「数万の死者あり、数百万の罹災者ある央に御婚儀を行わせらるるは穏当ならざるゆえ、珍田を召してその旨を御申し聞けなさるる方よろしからん」と言上したる結果、かの運びとなりたるものにて、殿下はたいそう善事を為したるように御考えなされおる様なり。

倉富

かの事は実に結構なりしが、遺憾は御婚儀を延期せられたるも、その時すぐに挙行の期を予定せられたる事なり。予定せられたる為せっかくの思召が形式のみとなりたる感あり。

西園寺

その通りなり。

 

昭和天皇(当時、皇太子)は、良子様とのご婚儀を関東大震災があったのに、延期する気はサラサラ無かったようです。

また、高みからの慈善行為の様にご婚儀延期を施しと思い、すぐ次年度でご婚儀日取りを決めているのも、廷臣から「いかがなモノか‥」と思われてたご様子。

同じページの冒頭には、良子様の潮干狩り写真掲載問題も語られてます。

 

倉富日記 大正12年01月20日

倉富&宮内官僚徳川頼倫の会話

徳川

良子女王の教育掛後閑菊野もよろしからざるやの評あり。

倉富

あまりに良子女王の事を宣伝するにはあらざるや。近来良子女王の事が新聞に出ずる事が余り多き様なり。

潮干狩りに行かれたるとき写真などを出したる事は貞明皇后の御意には合わざりし事ならんと思わる。

徳川

自分の方の年老いたる女なども大分驚きおりたる様なりしなり。

 

当時としては露出的なお姿でした。

全て、“系譜は続くよどこまでも”、、、。

私達の勝手なイメージを投写していただけですね。

以上

 

ありがとうございました。白黒写真に色を塗ったものだと思われますが、、、。

良子女王の潮干狩り

※ttp://www2.ttcn.ne.jp/~heikiseikatsu/2005shinnen.htm

新年早々ウソを書いても仕方ないので白状すると、これが絵葉書セットの最初の一枚でした(笑)。ただの風俗絵葉書かと思ってみたら、ご婚礼モノだったわけであります。
鑑賞のポイントは、「白足袋で潮干狩り」「腕時計」とあるが、一番決定的なところは不敬にあたるので書かない。

以上

 

「全て、“系譜は続くよどこまでも”、、、。私達の勝手なイメージを投写していただけですね。」

まったくもって同感です。

マザーテレサの正体を暴いたジャーナリストが、「偶像を必要としている我々に問題がある」とかいてましたが、その通りかもしれません。

つまるところ、明治維新後の日本は、天皇制ではなく、天皇教だったということだと思います。

戦前は、今日の雅子や愛子さんの事情を国民がしっていたように、多くの国民は、皇族の事情を知っていたのでしょう。

戦争ですべてが消し去られたあと、GHQの力を借りて旧宮家を皇室から追い出し、GHQの協力のもと、マスコミの洗脳が「聖帝裕仁天皇」を上書きをしました。

裕仁天皇が「現人神」になったのは、戦後だと思います。

まだまだ続きます。

 

なでなでなで

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2 件のコメント

  • かなり以前にもコメントに貼り付けてましたが、、
    再度。

    http://www.seijo.ac.jp/education/falit/grant-book/jtmo4200000072xz-att/236-1.pdf

    陰謀論とかはとりあえず置いとくとして、
    学術的に検証された、
    良子様と久邇宮家周辺のマスコミ操作。
    それと、娯楽を求めた大衆がそれを歓迎したことが、
    よくわかります。
    良子様の潮干狩り写真は、お着物の裾からのぞく白い下着が周囲の皆様のアゴを外す事柄でしたが、
    白黒しか見たことが無かったので、
    カラー彩色されたモノをみると、
    水溜まりに映る白いお御足の、
    その奥を想像させるモノで、(いわゆるパンチラ?)
    そりゃあ、上を下への大騒ぎになりますね。

    この論文の締めに、
    ご成婚後の良子様は、(当時の)現代女性としては色あせていき、
    代わりに、秩父宮妃勢津子様が、より平民に近い御方としてマスコミを賑わせた事が書いてあります。

    勢津子様が庶民的?! だったんですね。

    • 皇室を平民として見ようとする「平民主義」、容貌やファッションが注目される「スター化」が進む時代と位置づける。
      結局、戦後の美智子からではなく、戦前から始まっていたんですね。
      韓流アイドルみたいに、マスコミが煽っても、大衆が応じないケースもある中、皇族のアイドル化、平民化みたいな記事は大ウケしたんですね。
      日本の皇室もそうですが、ダイアナが英国皇太子妃になって以来、ずっと
      平民に近い=善、
      という誘導してますが、その先には、皇室皇族の価値がなくなり、皇室王室の解体に向かう危険もあるのですが、「聖人」としての皇族に付与されていた神聖さをはぎ取り、一個人にしてしまうという流れの先には、案外、天皇教から維新前の天皇制へと回帰する流れなのかなとおもったりもします。
      もちろん、偽物は滅んでいただき、旧宮家の復帰があって完成する流れなのだと思いますが。

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