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大嘗祭⑩仮説と浩宮

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大嘗祭⑩仮説と浩宮・あくまで、仮説ですが

※続きです。

浩宮徳仁親王、ナルちゃんのママ

しかし、この美人ミッチー3号は、でかい。明仁さんより、少し後方に下がってるのに、この身長差。

ご成婚したミッチー2号は、明仁さんより小柄だったのに。

別人に替わったとしか考えられない。

 

浩宮徳仁

向かって左側の目は釣り目なのですが、向かって右目の目じりは、さほど釣り目ではありません。

目じりの上がり方が左右違いますね。雌雄眼なのかな。

右腕が長く、指も長い浩宮

仮説ですが

・浩宮は、どこかで生きているので、代理人による公務が許されている。

・本物の徳仁親王は、今回の即位の礼では、「大嘗祭」の本番にでた。

・本物の徳仁親王は、「勅使発遣の儀」にも出てきたかもしれないが、ほかは、代理人によるものだった。

もし、本物のナルちゃんが死亡していたら、大正天皇のように、「けじめ」はつけられると思うんですね。皇太子妃としてすら認められなかった、「明仁皇太子の妻・美智子」、「明仁天皇の妻・美智子」、と違い、さすがに、天皇ですから。

 

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小和田恒(雅子の父)スイス軟禁の噂と浩宮と美智子

別人になって帰国した小和田恒

「小和田恒 偽物 でれでれ草」の画像検索結果

「日清戦争の賠償金を、明治天皇の名義で保管していたのがスイスにある某銀行。その天皇家の隠し財産の横領を試みたものの、失敗した小和田恒がスイス軟禁された」のうわさが流れました。

デマではなく、ある程度、真実をついているのかも、と思われることの一つに、そのあたりから、美智子とナルちゃんが、サッシュなし、ティアラなしの、平民の装いで晩餐会に出てきてるんですね。

フィリピンでは、レイをかけてもらえず、前へ出ようとすると阻止されていた美智子は、完全に随行人扱いでした。皇后でも、天皇夫人でもなく、随行員扱いされて、美智子は憤慨していました。

※【明仁天皇②】転載:天皇陛下の生前退位の理由、スイスの隠し財産をめぐる相続税対策、無限拡散

想像を進めると、

・小和田恒と一緒に、本物のナルちゃんと、当時の序列1位の美智子もスイスに行ったのではないのだろうか。

・しかし、天皇家の資産の横領に失敗し、軟禁されたのではないか。

軟禁説とともに、「銀行から、日清戦争の賠償金を引き出す条件として、『引き出しができるのは、明治天皇の子孫』という条件が付いていた」という噂がありました。あくまで噂ですが。

仮に事実なら、今は、DNA鑑定ができますから、お金と同時に明治天皇の毛髪か、血判状のようなものを、銀行が保管していた場合、検査することも考えられます。仮に、噂通りナルちゃんが、托卵だった場合、明治天皇の子孫という条件を満たしません。アウトだと思います。

「徳仁 托卵 でれでれ草」の画像検索結果

「ご成婚して浩宮徳仁を生んだ正田美智子」は自殺した可能性があり、序列一位の美智子がスイスに滞在している間も、「明仁天皇の妻・美智子夫人」は、継続して日本に存在し公務も行っています。「皇后・美智子」という立場を離れた中国人女性が、スイスの某銀行へ、莫大な天皇家の財産を引き出そうと乗り込んできたた場合、どういう扱いを受けるのかは、想像するしかありません。

ミッチーズ

➁のご成婚した正田美智子は、胎児が奇形化したため掻把する手術のあと、長期静養に入り、その後、③の美人長身で小耳の美人ミッチー3号のチームに替わりました。ご成婚したミッチー2号の姿は消えました。

美智子が掻把手術をした後、長期ご静養に入ります。噂の一つに、あまりに美智子の所業が皇族らしからぬものなので、昭和天皇の命令で、これ以上子供を作らないように、掻把手術をしたときに、子宮も摘出されたというものがあります。真偽は不明です。

また聞きですが、関東の高級住宅地に住むご婦人は、美智子の親友だった方とお知り合いだったそうです。その方のお話によると、長期ご静養中、美智子は、毎晩泣きながら、その方のところに電話をかけてきたそうです。明仁皇太子からは、「このままだと美智子は自殺するかもしれないので」対応を頼まれていたそうです。

しかし、その後、正田美智子のチームが、長身の美人ミッチー3号チームに、丸ごと変わっているところを見ると、ご成婚した美智子は、自殺したかもしれません。

そして、その遺体は、どういう経緯かは不明ですが、ロシアが保存している可能性が高いかもしれません。

「ロシア 研究所 でれでれ草」の画像検索結果

もう一体、日本人男性のものも保管しているそうですが、誰なんでしょうね。

 

話を戻しますが、

仮に当時の序列1位の美智子が仮にスイスへ渡ったとしたら、その時に、「本物の皇后の証拠」として、あるいは「何かの投資の担保」として、皇后が代々受け継いできた宝飾品を持って、スイスへ行った可能性はあると思うんですね。

その場合、何かいろいろあったのでしょう。結果として、当時の序列1位の美智子は、小和田ともに、スイスで客死したか拘束が続いている可能性があるかもしれません。

天皇を連れて訪中した美智子。この人、ある時期から、見かけないんですよね。この人がスイスに行ったのかな。

「天皇 訪中 でれでれ草」の画像検索結果

ナルちゃんと、行方がわからなかった宝飾品

「右手の長い浩宮のナルちゃん」は、何らかの理由で(例えば日本政府が身代金を払ったとか)、改元を機に、長く行方不明になっていた、代々皇后や皇太子妃が受け継いできたティアラなどの宝飾品とともに、日本に帰国できたのかも。その場合は、正田美智子が生んだ「本物の浩宮」は、「ご成婚パレードの浩宮=大嘗祭にでた浩宮」の可能性が高いかなと思ってるんですね。

もともと、軽い知的障害を持っていたと思われる浩宮で、それがうかがえるエピソードが山ほどある人でした。もしかしたら、ご成婚後、ある時期から、ねむの木学園みたいな場所に預けられていた可能性があるかもしれません。あくまで想像ですけどね。

 

大嘗祭の浩宮

話を戻しますが、やはり、天皇だけができる儀式、天皇しかできない儀式には、本物がでてくる必要があるのではないでしょうか。代理人でも可能な儀式を極限まで削ってのこったのが、大嘗祭だったのかな、と、想像してます。

実際、天皇としての最高の儀式が、大嘗祭だそうで、「神事>公務」とするなら、格式の高さでは、

➀大嘗祭(神への挨拶)

➁伊勢神宮参拝(先祖への挨拶)

③賢所の儀(屋敷内の仏壇神棚参り)

④5月1日の剣璽等承継の儀 、即位後朝見の儀(即位宣言)

④即位後正殿の儀・饗宴の儀・パレード(世間へのあいさつとお披露目)

この順番なのかな。

仮に、大嘗祭にでてきた人が右手の長い浩宮であるなら、大嘗祭の本番が精いっぱいだったのかな、と、思ってるんですね。

それに大嘗祭は、人前で話さなくてもいいし、照明も暗いのはわかっているし、秘儀なので失敗しても外には漏れません。そして、最重要な儀式に参列させるということは、大嘗祭に出てきたナルちゃんが、現在、序列が1位で、正田美智子を母とする本物の皇族として生まれ育った浩宮なのかもしれません。

※続きます

http://hiromihiromi.sakura.ne.jp/01/?p=48662&preview=true

 

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