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【皇室】昭和天皇は日本国民をどうみていたのか

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本日もお越しいただきありがとうございます。

昭和天皇に関する投稿が続いていますが、ちなみに昭和天皇は日本国民のことをどう思っていたのでしょうか。

『日本でいちばん醜い日』 鬼塚英昭

P387

かの太平洋戦争のとき、ホモサピエンス・ジャップスは天皇ヒロヒトという長の群れであった。天皇ヒロヒトはこの群れのジャップスを「民草」といっていた。人間と思っていなかった。たった一銭五厘のはがき一枚で中国やタイやフィリピンに放り込んだのは天皇ヒロヒトだった。

私は天皇語録の中に、民草ではなく人民とか国民とかいう言葉を使って(民草でもいいのだが)思いやりのある言葉をしゃべっていないかを探したが、ないのである。

以上

 

さらに、保坂正康氏と秦郁彦市氏の対談本『20世紀共に 天皇陛下のご生涯』 よると、昭和天皇が生前、父大正天皇のことを語ったことは一度もなく、、いくら調べても調べても出てこないそうで、冷たい人だとおもったそうです。

 

鬼塚史観によると、大正天皇は子種がなく、妻と妻にあてがわれた男との間の子供たちを可愛がっていました。

ちなみに、鬼塚史観によると、昭和天皇の父と推測しているのが西園寺八郎。つまり父は皇族ではないわけで、皇位継承には問題があるということになります。

さらに、西園寺八郎が昭和天皇の父親であるということが事実なら、西園寺は大正天皇の学習院の同級生で、大正天皇が信用していた友人だった可能性もあります。これは、残酷なことだと思います。

大正天皇は、若いうちから早々と、精神薄弱とレッテルを貼られていましたが、明治、大正、昭和と仕えた中で一番聡明だったのが大正天皇だと証言もあります。すぐれた漢詩をのこしていることから、管理人も流布されている説は嘘ではないかと思います。

 

その天皇が、なぜか、「脳病」と勝手に断定され、なぜか、話せなくなる病となり、さらには病床に伏してからは、一度も子供たちは見舞いにいっていとのことですね。それゆえ、裕仁天皇とその兄弟は大正天皇とは関係ないな、と確信したと鬼塚氏は書かれていますね。

しかしながら、実父でないとはいえ、自分を認知してくれ、可愛がってくれた天皇に対して冷たすぎる気がしますね。昭和天皇は、冷たい人だったのでしょうか。

かたや、大久保利通の息子である牧野伯爵が宮内相を父のように慕い、牧野伯爵が退官するとき涙ぐんだ、というエピソードもあります。

つまり、冷酷な人間だったのではなく、大正天皇は昭和天皇にとって、保身に”邪魔な”人間、つまり”障害物もしくは敵”だったんでしょうかね。

学者らしく、仲間・身内・味方と、そうでないもの、役に立つもの、などと単純に区別し分類してたんでしょうか。

昭和天皇の日本国民に対する視線は、良くて「自然学者として、雑木林を愛でたとおなじような視線」、考えたくないのが、「搾取するだけの家畜を見る視線」、もっとひどい場合は「異様な虚栄心をもつ朝鮮系による、大和民族への侮蔑と嫌悪」だった可能性もあります。あくまで可能性です。

 

戦後、正田美智子や雅子のような、イカガワシイ妃が乗り込んできて皇室を私物化し朝鮮化が進んだのだと思っていましたが、調べていくと、国際金融同盟の配下である朝鮮系被差別民工作員による孝明天皇、睦仁親王暗殺、そしてすり替わりが完成し「皇室と国家の私物化、朝鮮化」が完遂したのが「明治維新」であり、皇室・皇族は、明治朝成立から、今も昔もかわってないという結論に至りますね。

美智子や雅子は、偽皇統の跡取りの釣り合いの取れる嫁だったということになります。

ただ、今と昔の違いは、今はもう、偽装をしなくなっただけですね。完全に舐めきっているのか、怠惰になったのか、あるいは莫迦なのか。

偽装もできない頭の悪い皇族や性根の悪い皇族を見ると、ニセ田布施皇統の皇室の本音を知ることができるのではないでしょうか。

例えば、高円宮の女王たち、三笠宮の女王たち。

高円さんとこの女王さんたち、自分が楽しむ以外に興味がないのか、気に入らない公務は、めんどくさそうに、ばかばかしそうにして公務をしていましたね。次女なんて、公務らしい公務をせずに一億円ごえの持参金を以て出雲に嫁入りしたのに、別居中とか。

ツグコちゃんの英国での乱交も、女王というプライドと、公人という自覚があれば、英国労働者階級の男の慰みものになり、顰蹙を買うなど、ああはならないでしょう。

 

朝鮮馬賊について、

『親日派のための弁明』英雄の虚像、日帝の実像、キム・ワンソプ


P146「彼らの眼中には政府もなく、祖国もなく、仁義や道徳もなく、彼らの日常はただ一身の快楽を得られればよく、秤を争って金と銀を分配し、派手な衣装をひっかけて斗酒をのみ、肉の塊を丸ごと呑みこむかと思えば、女を拉致してかわるがわる強姦した跡、道端に捨てる肉塊行為以外にはすることがない」

ツグコちゃんの生態は、まさに、これです。というか、明治以降の偽皇統は、こういう王朝なのかもしれません。

 

国民を見下し、莫迦にしきっているのが丸わかりの三笠宮彬子女王。

身分の高さから来るものなので仕方ないとは思うのですが、人を見下すにあたいする何かが欠けているふうに見えます。

そして東宮家、、、もう、あらためて語ることもないでしょう。

偽装しなくなった皇族たち。あれらが、明治維新後の偽皇統の本来の素顔なのかもしれません。

 

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読者様より非公開希望でコメントをいただきました。

貴重な情報をありがとうございました。この場を借りて御礼申し上げます。

コメント欄より

非公開コメントでお願いします
でれでれ草さま  お久しぶりでございます。
ブログはいつも拝読しております。

>原爆が落とされることを、天皇たちは知っていたことになるのですが

原爆もそうですが、日本が負けるというのを、昭和19年の年末には確実に軍部も把握しておりました。
実は、私の祖父は陸軍の軍人でした。敗戦後は二階級特進だったはずなので、戦争中は大尉だったようで、満州の牡丹江という地に配属されていたそうです。
それが、昭和19年の年末に祖父は済州島に転属になり、家族は日本に帰国させています。
家族を帰したのは「負けるのがわかってたから」と聞いています。
上層部は周知であったとか。
国民が「気配として」終戦を察しているのではないです。
軍が組織として淡々と残務処理に入っている印象を受けてしまいます。

細川護熙元首相の奥様のお父様が満州に配属された軍の幹部で、この方も終戦前に転属されています。(雑誌で読みました)

日本の終戦は、半年以上前から予定として組み込まれていたようなのです。

この話は中々書きづらいものがありました。
一体誰が負けるとわかっている戦争を昭和20年8月まで引き延ばしたのか。
早々に降伏していれば、原爆も落とされずに済み、大陸や半島に住んでいた日本人も大変な苦労を味わわなくて済んだかもしれない。
祖父は戦犯にもならずに済みました。
もちろん、戦後の苦労はしていますが、何が明暗を分けたのかはわかりません。

もしこのコメントがお役に立てるようでしたら、匿名でお願いしたいのですが、
記事にお使いいただいて構いません。

以上

 

貴重な情報をありがとうございました。

済州島は空爆もなく戦場にはならなかったところでしたね。そこへ、敗戦前に逃がしてもらっていたところを見ると、御家柄のいい方なのかな、と推察します。

 

ニセ皇統はどこへ向かうのか

最近、皇室に対する非難や疑問がジリジリ吹き出しつつあります。

ニセ眞子様のグロテスクな婚約者にたいしてもそうですが、美智子への非難もヤフコメでは規制されませんでした。

東宮派・創価系の工作員くらいでしょうか、あちこちで、本気で火消しを頑張っているのは。

どちらに転んでも利になるように

ニセ田布施皇統とその皇族は、天皇制維持、天皇制廃止、どちらに転んでも利になるように動いてきました。

天皇制が維持できれば「皇室」商売を続け、天皇制が廃止されれば、さっさと海外に移住し、スイスやほかの国にいどうさせた隠し財産を私物化することができます。

たとえば、日清戦争の賠償金。これは、天皇名義でスイスの秘密口座に保管されているとされていますが、今も眠っているということは、国のために使われていないということになります。

さらに、疑惑として、東北大震災のときの義援金を、赤十字をつかって横領した可能性も無視できません。辻元清美が監督していた資金が行方不明ですが最終的に赤十字が管轄したことになったはずです。

ほかにも我が国が戦争、震災、様々な不幸なことがあるたびに、巨額な賠償金などの資産を天皇名義の口座に入れ、資産を天文学的に増やしてきたのではないかとの疑いもあります。

 

そして消えていく皇室財産、美術品

代々受け継がれるはずの皇后、皇太子妃のティアラ、宝飾品、などの行方がわかりません。

雅子様③@犯罪(1)行方不明のティアラと横領疑惑

 

雅子のティアラは偽物だし、美智子はティアラもサッシュもない平民での装いになりました。

 

大粒のダイアモンドの三連ネックレスも、平成になったとたん1連になり、ついにネックレスもみなくなりました。

サッシュなし、ティアラなし、しかしネックレスはあったころ

そして、ついに、ティアラも、大粒のダイアモンドのネックレスもない、サッシュもない、平民の装いになった美智子。

テニスはできるのに、どうしたことか。どこに隠したのだ美智子。

 

今、御所には、巨匠の書いた絵、国宝級の盆栽、調度品など、かつてあったものが、なにもないふうにみえます。

雅子とその妹が、皇室の財産をヤフオクで売りとばしたのが発覚しましたが、基本的に、朝鮮系の人は成功した人間のマネしかしません。おそらく、美智子をはじめ、古くからいる皇族たちのマネをしただけでしょう。そして美智子もまた、誰かのマネをしてたのかもしれません。

 

天皇制維持、天皇制廃止

話を戻しますが、最近、皇室に対する疑惑や非難が放置され気味です。

管理人には、あの方たちは、徳仁即位、愛子即位をめざしながら、一方では、集金装置だった「皇室」の店じまいに入っているように見えます。

今の偽皇統は、南朝ではなく、北朝鮮被差別民であるのは間違いなさげで、想像を広げると、朝鮮馬賊・匪賊をルーツとしていると思うのですが、馬賊・匪賊は、村や町を襲い食い尽くすと、次の狩場へと移動します。もちろん、旧宮家に移譲ということは考えていないでしょう。それだと、天皇名義の財産を私物化できませんから。

まだまだゲームを続ける気満々なのが、北朝鮮・創価・東宮家のように見えます。

 

賤しい朝鮮匪賊が店じまいする前に、旧宮家の男系男子の皇籍復帰をいただき、2700年の伝統と国体をつなげていただきたいと思います。

 

鬼塚史観はまだ続きますが、明日、あさってと県外へでますので、投稿がとまります。

コメント欄の反映がおくれますが、ご了承ください。

 

人間性ができている犬

 

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14 件のコメント

  • 大室寅之助の偽者の明治天皇に連なる現在の皇族の問題を絡めた、旧宮家の復活を急がなければいけないと思います。

    その為には旧宮家を先ずは復活させて、日本の皇室を世界遺産に申請したら良いのではないでしょうか。

    そうなればDNA鑑定を始めとした色々な調査機関が介入して、現在の皇族のチェックが始まり復帰した旧宮家の正統性が判明するのではないでしょうか。

    凄いスキャンダルとして世界中に発信させて、正しい血筋の伏見宮家から繋がっている天皇を継承させるというのがベストチョイスだと思います。

    出来れば皇太子夫婦が次期天皇になる前が良いですよね。

    ネット上だけでなく、多くの雑誌でも取り上げてたくさん記事にしてくれれば日本の将来が明るくなりますよ。

    ネットと雑誌のコラボレーションで正しい血筋の天皇に戻しましょう。

  • でれでれ草さま

    いつも楽しみに拝読しておりますが、このところの話題は、うすうす察していたとはいえ、やはり酷ですね。
    直接のきっかけは眞子さま婚約内定報道からですが、ひとつおかしなことを見つけ、前はどうだったか、と根本的なものを突き詰めれば突き詰めるほど、今まで信じていたものは何だったのか、と絶望的になりました。
    結局みんな偽物!? あまりにひどい話ですが、そう考えると納得かな、と思うところもあります。
    子供の頃、天皇誕生日に昭和帝が「誕生日を、祝って、くれて、ありがとう。」と仰せになるのを友人がよく真似てたんですが、その言い方が、今から思うと無感情でしたね。
    やんごとなき方だから、ゆっくり細切れに区切りながら話されるんだと思ってましたが、そういうところにちょっとずつ淡白さがあらわれていたのかもしれません。ただ昭和帝も何人かいらっしゃるようでしたから、それぞれ本物?や影武者たち?で、人懐っこい人、激情型の人や民草型の人がいたのかもしれませんね。
    今年は明治維新150周年ですね。盛り上げようとしている節もありますが、今一つ盛り上がりませんね。150年というのは誰かの祈念というか呪いの満願の年なのかな、と思ったり。
    明治維新がアンタッチャブルな方々のクーデターと考えたうえで最近の出来事を見ると『維新』という言葉を旗印に掲げる人たちがとても怪しく感じますね。私の感覚では『維新』という言葉が異常に好きな方=大室たちのお仲間さんです。

    • >今年は明治維新150周年ですね。盛り上げようとしている節もありますが、今一つ盛り上がりませんね。150年というのは誰かの祈念というか呪いの満願の年なのかな、と思ったり。

      全然もりあがりませんね。世間も、しらーーーとしていて、もうニセ皇統の電池が切れて、民意が離れていっているのではないでしょうか。
      150年目に結実するのか、民主党政権成立後のように、グテグテになるのかわかりませんが、おそらくは、決済されて、グテグテになるのだと思います。

  • 初めて投稿します。私は右でも左でもなく、ただ日本を愛している日本国民の一人です。このブログに偶然たどり着き読んで正直ショックを受けています。まだ信じられません。信じたくないのかもしれません。だってこれが事実なら今まで日本国民が信じてきたものは何だったのでしょうか?各国の王族達も暗殺などの危険性から替え玉がいると聞いた事がありますが。でも読めば読むほど事実なのかとも思ってしまいます。昔はネットなどなかったので中々見破ることはできない写真での確認。耳の形や鼻、足、体系の違いは一目瞭然。別人ですよね。困惑しています。

    • ネットの時代なので、いろいろとメッキがはがれては拡散しますね、
      今はそういう時期なのだと思います。

  • ・おなじみの写真ですが、
    昭和天皇1歳前後?お写真
    http://livedoor.blogimg.jp/chizurufukuda-chiharu/imgs/3/4/3410e0fa.jpg

    ・昭和天皇の幼児期お写真
    http://livedoor.blogimg.jp/chizurufukuda-chiharu/imgs/4/a/4a36004f.jpg

    ・昭和天皇の少年期お写真
    http://livedoor.blogimg.jp/chizurufukuda-chiharu/imgs/f/7/f7f180dc.jpg

    ・昭和天皇、15歳、立太子礼お写真
    http://livedoor.blogimg.jp/chizurufukuda-chiharu/imgs/a/6/a6846939.jpg

    ・昭和天皇、23歳、ご成婚頃のお写真
    http://livedoor.blogimg.jp/chizurufukuda-chiharu/imgs/8/5/851e6d06-s.jpg

    赤ちゃん・幼児期・少年期の写真が大正天皇の本物の皇太子なら、
    途中ですり替わっていると思います。

    高松宮殿下、秩父宮殿下の幼少期・少年期はまだ探せてません。
    昭和天皇だけ、お話しのイントネーションが変だったのは、宮中での帝王教育のせいと聞かされてましたが、
    地方出身の娘が習う花魁言葉「あちき」「ありんす」
    みたいに、
    出生を隠す意図があったかもしれませんね。

    華族出身の女優、入江たか子さんは、サイレント映画で大人気を博しましたが、
    トーキー映画に変わり、セリフが公家風で、人気が落ちていきました。 でも、今、聞けば、微妙な鼻濁音が庶民には鼻についた(特に江戸言葉から見れば。)かもしれませんが、
    素っ頓狂な発音ではありません。
    出身の東坊城(ひがしぼうじょう)家は、
    明治30年代に子爵になってますが、菅原道真公に連なる家系だそうです。

    儀礼や、女官も含めて、全てを洋服にしたのは昭和天皇からだそうです。
    英国訪問から帰国してからそうなったとありますが、
    青年期・中年期の昭和天皇は、
    どこか、西洋に近いところで預けられて育った方かも。

    良子様ご自身は、わかりません。
    けれど、スイスへの寄付が本当なら、武家出のお母様から何も教育されてなかったのか。。
    貧乏華族だったご実家への融資ですが、
    電力の鬼と言われた松永安左衛門の妹婿で、
    朝鮮で成功した熊本利平と言う方がいます。
    この方も、多大に援助していたそうです。
    とにかく二人とも財をなしたので、
    見返りはたくさんあったと思います。
    また、二人とも一部資産の寄付(美術品・動産が多い)はありますが、戦後亡くなられて莫大な遺産相続があったはずなのに、子孫がどうとかあまり聞かないので、
    スイスフラン預金組かな?と思います。

    ついでに、晩年の昭和天皇も、中年期と別人ぽく思っています。
    1970年代、バンクーバー(アラスカだっかな?)飛行場で、ニクソン大統領と伴に演説している陛下は、実年齢よりたいそう年上に思えます。

    交代要員いっぱいで、天皇家の蓄財術や実際の資産管理はどうなっているのか‥‥。
    でれでれ様がおっしゃるように、
    表向きの天皇家に指示する誰か、又は何かがあるのでしょうね。

    関係無いですが、、
    赤坂離宮に行かれた方の談です。
    とても豪華なんですが、、疲れるくらい金ピカで、
    これは成金趣味って言うやつではないか‥‥と思って帰って来たそうです。
    当時はこれが精一杯だったんだろうと思ったそうです。

    • >儀礼や、女官も含めて、全てを洋服にしたのは昭和天皇からだそうです。英国訪問から帰国してからそうなったとありますが、青年期・中年期の昭和天皇は、どこか、西洋に近いところで預けられて育った方かも。

      入浴が嫌いだったという話も残ってますね。日本人にめずらしいなとおもってました。
      昭和天皇の母の、テイメイがクエーカー教徒の身なりで通していましたが、やはり、見下している民族の民族衣装を着るのは屈辱的だったのかな、と。
      良子さんが、チマチョゴリみたいな服を着てハイヒールを履いている戦中の写真をみたことがありますが、あれ、純粋にチマチョゴリだったのかもと、今では思っています。
      好意的に、いい風に誤解してましたね。

  • すみません、もしかすると、
    前コメの昭和天皇の幼児期・少年期の
    利発で活発そうな姿のお写真は、世間へのカモフラージュ、
    影仁さんだったかもしれません。

    https://blogs.yahoo.co.jp/takaonaitousa/41394450.html?type=folderlist

    中学までオネショが治らず、
    何事にも反応が鈍い石地蔵(発達障害児)説があるようですね。
    それと、明治天皇ですが、昭和天皇、秩父宮、高松宮が幼少時代に拝謁する事があっても、亡くなられるまで声を聞いた事が無いそうです。
    出所不明で、女色にふけり、暴飲暴食で糖尿病だったことも、当時、ある程度の方達はご存知だったご様子です。

    とりあえず、昭和天皇は、ほぼ愛子さん状態で、
    明治天皇が崩御され、皇孫御殿から、ご兄弟と離れ東宮御所にひとりで移られた頃に、影武者選別し、お飾りの時は本物を、喋る時は影武者を、、としたのでは無いでしょうか。
    確かに、知的なオーラを感じる写真と、
    ヌボーッとした感じの写真と、二通りあります。
    昭和天皇の養育係、川村伯爵の突然死は、自殺と思われ、
    教育を受け持つハズの乃木希典大将も、
    次期天皇の教育を放棄して自死されました。
    「(障害は)早晩にわかることであるから、責任が持てない」
    と言うことであったかも‥‥の推理にはうなずけました。
    良子様も若干の精神薄弱説有りますし。
    では、資産管理を誰が??
    となると、黒幕はともかく、
    牧野侍従長などの側近が自由にコントロールして、
    黒幕への上納金は納めるが、
    余ったぶんは“いただきます💓”
    かな。。

    • ありがとうございます。
      転載させていただきました。

      >確かに、知的なオーラを感じる写真と、ヌボーッとした感じの写真と、二通りあります。

      わかります、これ。
      猫背が酷い人とそうでない人がいる気がします。

  • 藤田小女姫さんの予言がどうなるか、期日まで二か月を切りましたね。誰かにとって好ましくない未来が視えた時、そこにはどんな詳細があったのでしょうか?「トカゲの尻尾切り」で辻褄を合わせて終わるような話だったのでしょうか?

    昨日なぜか童歌「かごめかごめ」が思い出されました。
    「籠の中の鳥は いついつ出やる」「夜明けの晩に 鶴と亀が滑った」「後ろの正面 誰?」

    鶴をシンボルマークにしている宗教団体や、墜落事件の真相が明らかにされていない航空企業があります。亀をネットで調べてみると「亀甲紋」から「出雲大社、北の守り神、三種の神器」といったキーサードが出てきてびっくりしました。

    この歌の内容はポールシフトの事だという説もあるのですが、幾重にも意味が潜ませてあるのかもしれません。
    何か対立というか戦いのようなものが闇の中で繰り広げられ、そのあとで振り返ると現れるものがありそうな…。そのあとは夜明けです。

    視えた人、気づいた人を片っ端から消しても、やってくる未来は変わらないでしょう。
    その未来に至る過程自体は手つかずでやりたい放題だったでしょうしね。努力の方向が違うというか、安直すぎるというか。

    理の世界、因果応報の網の目は、きちんと働くと思われます。悪行、悪因を重ねれば、それまでの分と合わせて返ってくるらしいですし、その逆も真。

    これからの清算期、きちんと見届けたいと思います。

    • >これからの清算期、きちんと見届けたいと思います。

      同感です。
      因果応報の実は、きっちり刈り取ってほしいですね。

  • >鬼塚史観によると、昭和天皇の父と推測しているのが西園寺八郎。つまり父は皇族ではないわけで、皇位継承には問題があるということになります。

    大室寅之祐の弟の血筋の人による情報ですが、

    http://teikoku-denmo.jp/history/honbun/nanboku4-1.html
    『宮内庁でも下の人間は大正天皇が徳大寺の子で昭和天皇も毛利元徳8男西園寺八郎の子と言う事になっているが、これも嘘で宮内庁上層部及び田布施 柳井関係者(大和町民も)及び佐藤栄作、高松宮の情報から大正天皇は寅之祐の子で昭和天皇・秩父宮・高松宮全員、明治天皇の子で父が大酒飲みだったので全員子種無く子が出来無かったと言う。』

    とあります。内部にも西園寺八郎の子説があるのを認めた上で、昭和天皇は明治天皇の子だとしています。

    ※「大正天皇は寅之祐の子で」とありますが、文字通りだと4人全員寅之祐の子と書けばいいことになるので、
    http://www.marino.ne.jp/~rendaico/mikiron/nakayamamikikenkyu_40_1_meigitennoco_zikebun.htm
    ここにあるように「大正天皇は大隈重信の子」の間違いでしょう。

    • 西園寺八郎が表向き言われる通りに毛利家出身なら、昭和天皇に皇位継承権がないだけでなく、田布施朝鮮部落=大内氏を滅ぼした毛利氏ですから、本質的に絶対に皇室の周囲には入れられない存在です。

      しかし表向きには、維新の最大の主役であるはずの萩(松下村塾)の毛利家が皇室周辺に一人もいないことはとても不自然なことなので、西園寺八郎が毛利家出身というのは、それを取り繕うための明治当局による経歴詐称でしょう。

      ちなみに伊藤博文(田布施大内氏部落)は松下村塾生でしたが、つまり仇敵毛利氏に侵入した大内氏/イルミナティ側のスパイだったことになります。日本人の尊皇倒幕の維新運動に背乗りして、田布施大内氏朝鮮人明治政府として日本を乗っ取ったわけです。

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