4人に一人が亡くなった沖縄戦
79年前あの沖縄戦を血の泥水を飲んで生き抜いた島袋文子氏
79年前あの沖縄戦を血の泥水を飲んで生き抜いた島袋文子氏が涙ながらに語ってる話よかったら聞いてほしい。
あえて編集はしていません。#沖縄戦79年 #沖縄戦#慰霊の日 pic.twitter.com/xDZXDXT2l1— 仁尾淳史 (@atsushi_mic) June 23, 2024
毎年慰霊の日に投稿している祖父が描いた絵
毎年慰霊の日に投稿している祖父が描いた絵です。15点くらい絵を描き残しているのですが、洗面器に嘔吐しながら描いてる姿が痛ましく、40年経った今でも強烈に覚えています。身体に残るたくさんの傷跡も心も癒えることは無かったと思います。正午に黙祷します。 pic.twitter.com/IcdHpHOigK
— 知花園子 (@zizizi666) June 23, 2024
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小さい頃、オジィとオバァからよく沖縄戦の話を聞いたけど
小さい頃、オジィとオバァからよく沖縄戦の話を聞いたけど、オバァはいつも最後は涙で声が詰まって話せなくなっていた。戦後、数十年経ってもそうだったから心の傷は癒える事はなかったんだろうと思う。
死体の山を這いつくばって逃げたこと、ヤンバルの森で背後から米兵に、狙撃され銃弾が耳元をかすめ命中する所だったこと、ガマの中で小さな子供が老婆に手枕されながら二人共死んでいたこと。
飢餓が蔓延し、山で鍋から人の手足が煮込まれているのを目撃したこと。
幼少期にオジィ、オバァから聞いた話はどれも衝撃的で心に深く刻まれている。
今は、オジィ、オバァから聞いた話と、現在進行形で起きているガザのジェノサイドが重なって見えるのでとても辛いです。一刻も早く停戦して欲しい。
ちなみにオバァは戦後しばらくして、米軍基地内の白人家庭にハウスメイドとして雇われた。
その家庭では、5, 6歳くらいの女の子がいて、ピアノを練習してはオバァに披露していたらしい。
沖縄戦で家も土地もすべて失ったオバァ。
その土地の上に米軍基地を建設され、軍属家庭にハウスメイドとして雇われたオバァ。
まさに植民者と被植民者の絵に描いたような姿。
オジィも戦後数年間は米軍基地内でエンジニアとして働いた。
オジィとオバァは結婚して、離婚して、数年後にヨリを戻して再婚したり、人に騙されて借金を背負ったり、
波瀾万丈な人生を送った夫婦だった。二人の間には6人子供が生まれ、そのうちの次男が私の父親。
以上
グローバル企業が設けるために、広告会社を使って国民を洗脳し、グローバル企業に金で雇われてる政治家が、戦時国債を大量に発行して宣戦布告をする。グローバル企業の株主が大儲け。世界大戦はこの仕組みでした。戦後の局地戦も同じ構図です。
今、日本で、同じことを始めようとしてる連中がいて、そいつらが議員バッジをつけてるのが超怖い。
関係ある話
ガザ北部の今
ガザ北部を拠点とするジャーナリスト、イスマイル・アル・グールは、自身のXアカウントで次のようにシェアした。
「友よ、言っておきたいが、私はもう眠りの味を知らない。子供たちの死体、残骸、血の光景が私の目から消えることはほとんどない。母親の叫び声、男たちの叫び声と苦悩が私の耳から消えることはない。 瓦礫の下から聞こえる子供たちの声を私は忘れることができない。毎瞬間反響し悪夢のようになってしまった少女の声を忘れることができない。 散らばり、動けなくなり、引き伸ばされ、積み重なった死体を前に立つのは恐ろしいことであり、家の下で逃げ場も生き残る術もなく死と闘っている人々の横を通り過ぎるのは、さらに恐ろしいことだ。 私は疲れ果てました、友よ。」
以上
ウクライナの光景
ウクライナの金持ちの子供たち (政治家、ネオナチ、オレガルヒの息子)が高級レストランで娼婦のようにタバコを吸っている間、普通のウクライナ人は外で徴兵ナチに誘拐され、アメリカとイギリスの戦争屋の政治的利益のために死に追いやられている。
🇺🇦 🐷
ウクライナの金持ちの子供たち
(政治家、ネオナチ、オレガルヒの息子)が高級レストランで娼婦のようにタバコを吸っている間、普通のウクライナ人は外で徴兵ナチに誘拐され、アメリカとイギリスの戦争屋の政治的利益のために死に追いやられている。 pic.twitter.com/Ic80IFSbxa— 🐻ウラジミールZ🇷🇺 (@Z58633894) June 22, 2024
以上
ごく少数のグローバル企業の株主のために戦争を起こし、無辜の人々が犠牲になる、こういう時代は終わらせるべきです。