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三笠宮家|三笠宮信子さま➃英国留学する理由と常陸宮家もまた、、

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続きです。

常陸宮華子さんも入れ替わってますからね

顔が違う 黒目の距離、鼻から唇の距離、頭蓋骨の形、小鼻、唇、整形や加齢では変わらない場所が違う

 

身長差が違う

和装姿の華子様がならぶと、かなり宮様より小柄

 

洋装も同じく、宮様より華子様のほうが、かなり小柄

 

昨今は、和装姿の「華子さま」とならぶと、「華子さま」は宮様より少し背が高くなるという怪

いつから入れ替わったんでしょ。

 

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コメント欄より

デジタル朝日の有料記事ですけれど。

https://www.asahi.com/sp/articles/ASL7T6VTSL7TUTFK01J.html?ref=webpush0729

眞子様が、小室圭との出会いを尋ねられて、元号ではなく、西暦で答えられた事への疑問、だそうです。

月刊hanadaに寄稿されてるとの事。

朝日新聞が取り上げていると言う事は、やはり、本来の目的とは逸れた方達が会見されたのか、、と思われます。

以上

 

ありがとうございました。

 

予定外のキムコムロとヒラメ眞子の婚約

本来の予定では、「アヒル口か誰かの眞子さんと海の王子」との婚約会見を予定してたのに、創価・北朝鮮系のヒラメ眞子とキムコムロのチームが調子に乗って、ハイジャックしてしまったんでしょうね。

こちらは、そのつもりで、あらかじめ、用意されていた映像画像だと思います。

 

が、いきなり「眞子様の婚約者」として、報道に出てきたのは、3頭身キモ顔のキムコムロだった。

美智子もイルミも、たまげたでしょう。

海の王子の履歴や画像を、キムコムロとその一派が上書きし続けたので、小室圭の履歴をはじめ、なにもかも二重になってたんですね。

 

今回の小室の留学で、海の王子に戻す可能性があるかも

女性プライムにでていたこれ、首が細すぎるし光源もおかしいので、別人の身体に「小室圭」の顔を貼り付けてると思われますが、輪郭は海の王子の顔のほうに似せて作ってると思うんですね。

今回、イエズス会系の學校へ留学した小室圭は、創価のキムコムロではないでしょう。英語はロースクールに入れるほど達者ではないはずです。大学院も通ってない風でしたし、司法試験も受けた形跡がありません。

雅子にも言えることですが、本当に、英語は流ちょうにはなせるなら、とっくに披露しているはず。バイオリンもしかりです。

3年後、もういっかい仕切り直しで、絢子女王のときのように、三菱かなにかがスポンサーとなり、

「真面目になった小室圭と、3年間の純愛を貫き、お痩せになった眞子様のロマンス」

が宣伝されるかもしれません。諦めていないと思います。

 

非日本人がかく脚本「ドラマ・皇室」

正田美智子の皇太子妃決定の経緯などをみるに、戦前から、日本人以外の人間によって霊能者の予言霊言などを参考にして書かれた「劇場・皇室」の脚本があり、水も漏らさぬスケジュールと設定に従い、本物も偽物も、それにそって動いてるのかもしれませんね。

ご成婚前に、すでに2人いた正田美智子

ご成婚した「オカメ顔ミッチー」富士額で顔幅が平たく広い、小鼻の張りがめだつ

 

正田家で育った「ヤンキーミッチー」額の生え際がまばらで面長、顔のパーツが中心によっています

結局、正田家で育てられていたヤンキーミッチーではなく、オカメ顔の富士額の正田美智子が皇太子の妻になりました。

本物の、ヤンキー美智子がどうなったかは不明です。雅子の時もそうですが、本物はどこかに消え、偽物が皇太子の妻になりました。

※美智子様の真実 CIAとミッチーズ② 少なくともテニスコートの出会いより4年前に正田家から皇太子妃は決定していた

 

皇族の結婚に関する「脚本」は、眞子様が最初ではなさげですね

明治維新というクーデター以後、歴代の皇太子妃決定が偶然や慣習から決定したものではなく、「正体不明の中国人クエーカー教徒」の九条節子も、「民間から皇太子妃」の美智子も、「隠れ朝鮮人から皇太子妃」の雅子も、そして、久子も、信子さんも、親王妃決定の数年前から用意されていた形跡があります。

さらに、美智子も、雅子も、確実に複数用意されていました。雅子の場合は、小和田家が少なくとも2組あり、母の優美子は3人、妹の双子は少なくとも2組います。

一般人であったにも関わらずです。

※コードネームは小和田家

 

とうぜん、信子さんも、ああいう家系の人ですから、最初から複数用意されていた可能性はあるとおもいます。

すくなくとも、代々工作員の家系である麻生信子さんは中学卒業と、英国の花嫁學校へ留学しており、その間、念入りに訓練をうけていたでしょう。

今後、ご降嫁されるであろう生まれながらの皇族女性たちも、相手は、本人の意志とは別の場所で、かなり前から、予定としてきまっているのかもしれませんね。

管理人は、紀宮様はわかりませんが、平成以後の、生まれながらの皇族女性たちのうち何人かは(眞子、佳子、ツグコ、絢子)は、成人するまえに国民の前から姿を消していると思ってます。

 

脚本を破るケース

まれに、脚本を破るケースがあり、それが、常陸宮さまと、文仁親王の結婚、そして、悠仁さまの誕生ではないかと。

文仁親王の結婚後の待遇のひどさを見ても、仮に紀子さんが会津カトリック閥が用意した女性であったとしても、イルミちゃんが用意していた脚本外の川嶋紀子さんと婚姻した可能性があると思います。

常陸宮さまのばあいも、美智子と同じく民間から妃をという流れになりかけたのですが、良子皇后と旧華族の頑張りで、旧華族の津軽華子さんをお妃に迎えました。常陸宮様は、少年時代のご病気のため御子さんができにくい体質になられたので、見逃されたのかもしれませんね。

悠仁様ご誕生時の吉祥の続出をみるに、今の黒髪のヘタレた宮様に変る前の秋篠宮文仁親王は(仮に複数いたとしても)、大正天皇の三男・高松宮のように、旧宮家から送り込まれた人ではないかなあ、と。もっとも、311後、中国系イルミ工作員に、御一家まるごとすり替わってしまいましたが、、、。

 

日本の皇族が英国留学する理由

やはり、ナルの時のように、整形してダブルの耳や顔をそろえること、後日クローン生成のための細胞の提出、念入りな打ち合わせと工作員としての訓練、思想教育、そして、カルト儀式の参加などの為ではないでしょうか。

眞子さんのときのように、偽物が学位をとる傭兵として学校に行き学位を取ったのでしょうが、本物は渡英したのか、したとしても別のところにいたのか、よくわからないところがあります。

偽皇族を見ても、待遇に違いがあるのがわかります。

晩餐会で、サッシュをさせてもらえない、プロトコルが正常でない、などなど、

カルト儀式などを踏んで、はじめて、公式の場で公式な偽物として認証され、サッシュを付けることができるのかな、、と、想像してみたりします。

その答えは、ナルの即位後、晩餐会などの服装で判明するかな、と思ってます。

今のナルは、王族を招いての宮中晩餐会でも、サッシュを許されていません。自国のサッシュも許されず、職員扱いです。

 

偽皇族たちが、イルミちゃんの気味の悪いカルト儀式に参加して、故デンマーク女王の王配のように人間の生贄を食べ、犠牲者の生き血を呑み、人間狩りに参加しているのかは知りませんが、「資産隠し」「偽物」「反日裏切り」などで、国民をだましていること、裏切っていることは確実ですし、取り繕うこともできないほど、最近は、穢れが半端ないのが隠せません。

はやく、奈良時代のように、偽りの天皇だった天武の皇統のように滅亡し、臣籍に下っていた天智系が復活して皇統がもどったように、適正な旧宮家が復帰し、ただしい皇統に帰ってほしいと思います。

 

犬を見に来たペンギン

 

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6 件のコメント

  • 眞子さまだけでなく、秋篠宮殿下も小室氏に初めて会った時期を西暦で話していますよね。

    ttps://www.youtube.com/watch?v=wSshkSaXiwU 

    なんだか二人ともしどろもどろだし、紀子さまは遠隔操作されたような話し方ですが。

    この家族の生活に元号は根付いていないようです。

    • 脚本を書いたのが日本人ではないんでしょうね。
      元号廃止、皇室も廃止で、グローバルに持っていきたいのでしょうか、、
      日本の神威が勝つと信じています。

  • でれでれ草さま

    常陸宮様もあまり普段マスコミが話題にはしませんが、
    数年前にがんの研究が評価され、フランスで賞を受賞されたときに
    珍しく持ち上げられましたね。
    フランスは腹黒いとは知りつつも、当時はまだあまり疑ってかかっていなかったなあ、とふと気になりました。
    調べてみると「がん対策パリ憲章大賞を日本人で初めて受賞」
    がん対策と憲章ってどんなこじつけ?何故当時そこまで疑問に思わなかったのか。

    ちなみにパリ憲章とは以下引用をご覧ください。

    『ブリタニカ国際大百科事典

    パリ憲章
    パリけんしょう

    1990年 11月にパリで開催されたヨーロッパ安全保障協力会議 CSCE首脳会議で調印された憲章。「欧州の対立と分断の時代の終結」と「民主主義,平和,統合の新時代」がうたわれ,冷戦後の欧州秩序の指針を示した。特に,CSCEを欧州新秩序構築に向けた機関と位置づけ,事務局をプラハに,紛争防止センターをウィーンに,自由選挙監視機構をワルシャワに設置,2年ごとの首脳会議,年1度の外相会議の開催,さらに議会の創設など CSCEの常設機構化が盛込まれた。』

    これ、がんとこじつけるような大賞でしょうか(笑)プラハ、ワルシャワ、ウィーン・・・。左の方が好きそうな地名ですね。
    当時はまだまだお花畑だったなあ、と反省です。

    それにこの賞を与えたのがフランスの公益財団(笑)
    その名もAVEC財団。その財団の理事長ダヴィ・カヤ(David Khayat)教授だそうですが、フランス国立がん研究所(French National Cancer Institute)の元所長。A.V.E.C. とはAssociation pour la Vie-Espoir contre le Cancerの頭文字。英語だとさしずめ『with』ですね。
    公益財団とかNPO法人とか、洋の東西を問わずうさんくさいですね。当時はまだ常陸宮ご夫妻まで偽物がいるとは思いもしていなかったため疑ってかかっていませんでしたが、この方たちは大丈夫と思考停止してはいけませんね。

    • 華子様は完全にすりかわっていますが、宮さまはどうかな、、、と案じていたら、微妙ですね。
      今の人、耳が大きいんです。
      車いすにすわっているのは、身長差をごまかすためかもしれません。
      あくまで仮説ですが、、。

  • 何度も失礼します。
    AVEC財団について追記です。
    Association pour la Vie-Espoir contre le Cancerの財団法人は『がんに対し生きる望みの協会』といった意味の名前ですので、この協会が常陸宮殿下を表彰されるのは自然かと思います。
    ただ、がん対策パリ憲章大賞という名前がどうもうさんくさいですね。無理やりがんと憲章をこじつけているのがなんとも・・・。
    また常陸宮殿下以外の歴代受賞者情報もないんですよね。
    フランス語がわかれば出てくるのかもしれませんが。
    この憲章に関わる賞を常陸宮殿下に差し上げなければならない何かがあったのか。もしかしたら今までの海外ご訪問が、新しい影武者のデビューを兼ねていたように、そのときの常陸宮様ご夫妻も?と思ったり・・・。華子さまの面立ちが変わられたのはいつなのか、今の人になる前にも、もしかしたら何度かあったのかも? 過去の写真もいじられている可能性が高いですが、どうも気になります。

    • パリ、というのがキモですね。

      >海外ご訪問が、新しい影武者のデビューを兼ねていたように、そのときの常陸宮様ご夫妻も?と思ったり・・・。

      耳が大きくなってますからね。今の宮様。
      残念ながら、やはり、アレかもしれませんね。
      もともと複数用意されていた可能性がありますが、本物はどうしたんでしょう。
      それが気になります。

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