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秋篠宮家|再検証|バチカン訪問の宮様=ご成婚会見の宮様

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続きです。

表題通りなんですが、「バチカン訪問の宮様=ご成婚会見の宮様」かな、、、と。

口の使いかた。歪みかた。

耳の形。鼻先の垂れ方。

 

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左目の内斜視

イタリア訪問1・ライトアップ

イタリア訪問2・大統領府訪問

 

ご婚約会見

 

耳の形と鼻先

 

しかし、「頭蓋骨の長ぼそい方」とは別人ではないかと、、、

「秋篠宮 斜視」の画像検索結果

 

 

ナマズ研究の白髪の宮様

佳子様ご懐妊ごろから、「ナマズ研究」の愛想のいい、ちょっと、もっさりした、華のある丸顔の白髪の宮様が、メインになったのかな、、、と。この方は、昔からいた方の可能性が高そうです。

この方にあわせて、他の宮様も白髪に染められたのかな、、、と。

 

下手すると、眞子様のご両親(左)、佳子様のご両親(中)、悠仁さまのご両親(右)は、それぞれ別の夫婦の可能性もあります。

 

2010年

佳子様ご誕生後、メインだった「ナマズ研究」の華のある宮様が、311の前あたりに、何らかの理由で、リタイアされた可能性があり、その後、「秋篠宮チーム」は、白髪にそめるのをやめた可能性がありますね。

こちらの宮さまは、全体に、地の黒髪が天然の白髪になりつつあります。口のゆがみ方から見て、バチカンへ行った方=ご婚約会見の方かな、、と。

 

 

2011年311・東北大震災発生

その後、このアゴの長い方が、一時、メインになったのではないかと、、、このかたも、左目が内側によりますが、肩幅が広いことや、顎が違うのでバチカンに行った方とは、別の人だと思っております。会見やイタリア訪問時の斜視の方とは、遺伝的に近い方なのかもしれませんが。

このかたも昔からいるダブルの一人の可能性もあります。この人かな、、、雰囲気的に、ごっつい、感じ。猫背気味ですね。かなり長身だと思います。

 

コメント欄などでいただくご意見として、

「311の後、放射能を避けるため、本物の宮様御一家は疎開されているのでは?」

というコメントを多数いただきました。たしかに、皇族が放射能を避けて疎開となると、国内外に混乱が生じるので、本物は疎開し、「御茶ノ水などの東京の学校は、東京在住のダブルが通学」というのは、可能性として、ありえるとおもいます。

その仮説がただしいのなら、バチカン訪問や、重要な公務や会見のみ、本物が出席されている可能性がありますね。

一方では、栗毛の巻き毛で、両目が垂れ目の悠仁さまの画像が、311後のものが、今のところ、拾えないので、「何か」あったのかもしれません。

【続・秋篠宮家のダブル④】コメント欄より「直虎」は皇室問題のリーク、悠仁さまは北朝鮮の人質に?

 

2015年 山形の鳥海山訪問、バチカン訪問=ご婚約会見の方かな、、と

 

2016年 バチカン訪問=ご婚約会見の方かな、、と

耳は整形できるので、完全に信用はできないのですが、、、しかし、バチカン訪問となると、やはり「本物」が行っている可能性が高いと思います。耳の小さな頭蓋骨の長い方とは違う方、白髪の宮様とは違う方、、でも、婚約会見に出てきた方の可能性はあるな、、と。

近日中に、年代順に、並べてみたいと思っております。

 

文仁親王|明治以後の皇室の伝統に従って、複数体制だった可能性

秋篠宮さまですが、、、これ、1972年の文仁親王の映像から落としてきたものです。耳の形がよくわかります。丸い耳です。このときの訪問は、明仁さんと2人での訪問でした。

細長い頭蓋骨に垂れ鼻の、田代まさしっぽい、眞子様出産後、退院したときの方では「ない」と思うんですが、、、

 

耳が大き目で、六角形を半分に切ったような形の耳で、耳が顔の下部についている、バチカン・イタリアを訪問した人の一人でも「なさそう」。鼻の垂れ方や耳の形が違いますので。

他にも、秋篠宮さまはいらっしゃるのですが、、、

「秋篠宮 耳」の画像検索結果

ようは、皇族である以上は、秋篠宮文仁親王もまた、幼少時から、複数体制だってことですね。

文仁親王と秋篠宮家は、昭和から、現在まで、あれだけ、美智子にいじめられ、今に至るまで、創価や朝鮮系の連中や、朝鮮系に占拠されたマスコミにバッシングされてますね。つまり、お血筋も、背景も、(仮に会津閥カトリックであっても)日本人の皇族の可能性が高そうです。

文仁親王のご成婚後のお住まいも、宮邸とはなばかりの平屋の職員住宅をあてがわれ、佳子様ご誕生後は、「子供を産むな作るな」と子作り禁止令がだされていました。

それは、文仁親王が、昭和の「美智子・CIA(親中・グローバル派)」、平成の「美智子・人民解放軍」や、創価朝鮮「雅子・東宮派」にとって、意にそわない出自であり、意に添わない結婚をしたから、だと思います。

読者様のご指摘の一つに、歴代の秋篠宮文仁親王が、山階宮家の方がたと酷似していることが指摘されています。確かに似てるんですね。

鬼塚氏が、大正天皇の第三子である、高松宮が、北朝宮家の有栖川宮家からの養子であるという検証をされていますが、十分納得のいく内容でした。確かめようもないのですが、この方もそうかもしれませんね。

※秋篠宮家の影武者@コメント欄より 山階宮と秋篠宮様のおもかげ

北朝宮家復帰の受け皿として、男系継続のためには、偽物であれ、本物であれ、旧宮家筋の方であれ、明治系であれ、秋篠宮文仁親王の立皇嗣、即位、それに続く、悠仁様立太子、即位、しかないと思っております。それは、一貫して変わりません。

続きます。

 

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